ドイツ借家権Q&A
日本では「定期借家権」の導入が大きな問題となっていますが、ドイツでも借家の解約は大きな社会問題です。ドイツ民法典には解約の正当事由や異議申し立てに関する規定があり、連邦憲法裁判所はこれらが合憲であることを認めています。判例を子細に検討すると、日本に比べて借家人に冷たく思えるかも知れませんが、家主側の土地所有権と借家の社会的任務のバランスを考えた規定であることが理解でします。そこで、以下で簡単に紹介いたします。
ドイツでも借家の解約には正当な事由が必要ですか。
- ドイツ民法典第564b条第2項は、住居の解約のために必要な家主の正当な利益を次のように例示しています。
- 賃貸人がその契約による義務に対して少なからず違反したことに関して責任がある場合。
- 家主が、当該空間を自己、その世帯に属する者、またはその家族の一員のために必要とする場合。
- 家主が、賃貸借契約の継続によって不動産の適切で経済的な利用を妨げられ、それによって著しい不利益を受けると予測される場合。但し、居住空間として他に賃貸することでより高い借賃を得られる可能性は考慮されない。
- 家主が、建物の居住用でない附属空間または不動産の一部を、賃貸のための居住空間を新設する、または居住空間のための附属空間等に使用する場合で、解約を当該の空間または不動産部分に限定した場合。
- この他に、次の場合には期限を決めた契約を行えます(民法典第564c条)。期限が来ると、借家関係は解消され、住居は家主に返されます。日本の期限付建物賃貸借(第38条:賃貸人の不在期間の建物賃貸借、および第39条:取壊し予定の建物の賃貸借、で許される)と違い、賃貸契約期間には5年の上限があります。これは、具体化が進んでいる予定だけを優先しようという趣旨ですが、その背景には正当な事由があれば比較的容易に解約できることがあると思います。
- 当該空間を自己、その世帯に属する者、またはその家族の一員のための住居として利用しようとしている場合。
- 住居を取り壊すか、本質的な変更または修繕しようとしており、賃貸借関係を継続するとその措置が非常に困難になる場合
(98.02.16)
住居への社会的制約の根拠はどこにあるのですか。
- 連邦憲法裁判所の判決理由になるほどと納得する一節がありましたので、次に引用したいと思います。阪神・淡路大震災後の状況をイメージすれば、容易に納得していただけるのではないでしょうか。
- 戦後の住宅難の時代には、解約が強く制限されていました。これに関する判決理由から引用します。「住居が居住者の所有でなく、単に借りている場合においても人間としての存在の中心的意味を有するという意味から、立法者に対しては借家人を保護するための憲法上の特別な義務が生じるであろう。こうして、住宅難の時には、所有者への社会的制約が、立法者が借家人に対して特別の保護を与える原因となる。一方、そのような保護を与える場合には、立法者は公平の観点から望まれる例外を許す権限を有する。」
- 現行の正当事由に関しても、次のように合憲という判断が示されています。「転居が常に借家人にとって少なくない費用、および個人的・家族的・経済的・社会的観点からマイナスを意味することから考え、家主が賃貸借関係の終了に対して正当な利益を有する場合に解約権を制限していることは適切である。規定によって、契約に忠実な借家人は恣意的な解約とそれによる住居の喪失から保護されるであろう。(中略) 恣意的に、重要な理由のないまま解約を行うという所有権の行使は、住居に依存している人にとっての社会的な意味から考えて、憲法上の保護を与えられない。民法典第564b条は、所有権の社会的機能から望まれない過剰な私的権限の制限にも通じない。この規定は、所有権の帰属関係にも、またその実体にも介入しない。所有者の保護すべき利益は、自己使用の場合に賃貸借関係の終了が可能であることによって考慮されている。」
- また、借家についての判決ではありませんが、所有権の限界を定めるにあたっては、次のように立法者の任務の重さを強調しています。「立法者は、憲法第14条第1項第2文の委託された所有権の内容と限界を定めるにあたり、社会モデルを実現するという課題を担っており、その規範的な要素は、一方では憲法第14条第1項による所有権の基本的な承認から、他方では憲法第14条第2項の社会的要請から生じる。」これに続いて、連邦憲法裁判所は、所有権の制限は、その保護が目的とする範囲から拡大してはならず、またいつの時代も同じではなく、経済や社会の状況の変化に応じるべきだと示しており、常に所有権の実体を保障する必要があり、平等さも求められることを付け加えています。
- この他にも、連邦憲法裁判所は、立法者に対して家主と借家人の利益を同等に考慮し、一方に偏しないことを求めています。また、司法の役割については、法律の空隙を推論で埋めることは認めていますが、立法者が明確に決定したことは司法で変更できず、立法者の裁量を尊重すべきことを述べています。
(98.02.16)
自己使用のためには居住の意思だけでいいのでしょうか。
- 連邦憲法裁判所は、自己使用を認める前提として2つのことを求めています。ひとつは、居住の要求が真剣(ernsthaft)であることです。もうひとつは、その住戸に住もうとする理由が合理的で納得できる(vernuenftig und nachvollzierbar)ことです。多数の判例が蓄積されていますので、少し紹介したいと思います。
- 解約が認められたケース:
- 親の家に住んでいる家主が2階の住居を解約しました。その建物最上階の屋根裏部屋が空いていたので、借家人は「そこに住めば良い」と主張しましたが、天井が低く、現行の建築法規に反しているという家主側の主張が認められました。
- 上階に住む89歳の家主が、階段の上下ができないからと1階の住戸を解約し、借家人が退去するまで一時的に老人ホームに入居しました。借家人はそのまま老人ホームに住み続けることを主張しましたが、生活を自分で決める権利があるとして解約が認められました。
- 3階は56平米(空き家)、1・2階は74平米という建物の所有者が、息子が結婚するからと2階に住む身体障害者に解約を通知しました。借家人は息子夫婦が3階に住むことを求めましたが、過大な住要求ではなく、所有者には住要求を自己で決定する権利があるとして、解約が認められました。なお、1階には家主の姉(妹?)世帯が住んでいました。
- 解約が認められなかったケース:
- 子供の居住のために100平米の住居が解約されましたが、「契約からの期間が2年半と短く、家主側の住要求に変化がないから信義に反する」として認められませんでした。
- 娘(22歳の学生)が世帯を持つという理由で107平米の住居が解約されました。しかし、一緒に住む予定の男性は別の女性を好きになり、そこに住む意思はないことがわかりました。この結果、「単身の学生には過大な住要求だ」と解約が認められませんでした。
- 改築した後に家主が住む予定で解約しましたが、規制のため希望する工事ができないことがわかり、裁判の途中で建物を売りに出しました。これが明らかとなり、「真剣さに欠ける」として解約が認められませんでした。
- 家主は1階を解約しましたが、裁判の途中で同じ規模・間取りの3階が空き家になりました。家主は「裁判が決着するまで空き家のままで置くのは耐え難い」として他の借家人を入居させました。しかし、解約の対象を1階に限定する十分な理由を示せなかったため、3階を貸したのは信頼に反するとして、解約が認められませんでした。
(98.02.16)
家主の経済的不利益による解約も、自己使用と同じように容易に認められるのですか。
- 民法典の第564b条は、経済的な理由も正当事由となり得ることを定めています。これに関し、連邦憲法裁判所は、自己使用の場合より条件が厳しくなることを示しています。ただ、判例が少なく、どの程度の経済的な不利益で解約が認められるかについては、まだ微妙な状況です。
- 自己使用の場合より認められにくいことを明確に示すのが、1戸の住居(65平米)と3戸の貸し別荘を含む建物の所有者が、娘家族のために住居を解約した事例です。裁判官の意見が5対3に分かれました。別荘のうち1戸は間取りが少し違うだけで、住居と同規模でした。多数意見は、「別荘という営業のために費用をかけた空間を保持したい」という家主の意思を尊重したので、解約が認められました。一方、少数意見は、「貸し別荘も同じ住居なので、これは自己使用のための解約ではなく、居住空間を経済的に利用したいという理由による解約であり、経済的理由は自己使用ほど優先されない」として、解約に反対しています。
(98.02.16)
正当な事由が認められれば、借家人側の事情に関係なく住居を明け渡す必要があるのですか。
- 民法典第556a条は、家主の解約に対して異議を出せることを認めています。解約に正当な事由が必要なのは居住空間の賃貸借だけですが、この異議は住居以外の賃貸借でも可能です。
- 異議が認められるのは、契約に沿って賃貸借関係を終了することが、賃借人またはその家族に関して、家主側の正当な利益を考慮しても是認されない苛酷(Haerte)を意味する場合です。この場合、適当と思われる時期まで賃貸借関係の継続を要求できます。例としては、低所得や高齢、あるいは家族が多いため、住宅市場の状況からすぐには転居先を見つけることが困難な場合や、賃借人やその家族が入院中や妊娠中で出産が近い場合、または重要な試験と重なる場合(1月中旬にあった阪神・淡路大震災後の大学入試での対応を思い出して下さい)、等があります。
- 契約の延長期間は、家主と賃借人の事情を考慮して決められます。一定の期限が決められる必要があり、「存命中」という条件はないそうなので、この異議は「解約の猶予」です。なお、異議申し立ては60年代に借家の解約制限を撤廃したことに伴って導入されたもので、70年代に正当事由制度が復活する前からありました。
(98.02.16作成、98.10.20修正)
ということは、ドイツの借家人保護は2段階なのですか。
- そのとおりです。いや、詳しく言うと3段階といった方がいいかもしれません。1段階目は「正当事由がないと解約できない」ことで、2段階目が上に述べた「解約できても、借家人の事情によっては一定期間の猶予が認められる」ことです。さらに、「特別な事情があれば、さらに明け渡し強制執行の猶予が認められ、場合によってはかなり長期に及ぶこともあり得る」という3段階目もあります。
- ドイツの判例を調べていると、解約が判決で確定した後に、家主が自己居住の意図を失ったという借家人の訴えが認められた事例や、明け渡し和解成立の後に借家人の精神的疾患を理由とした執行停止の求めが認められた例があります。これらのケースの根拠は、民事訴訟法の規定にあります。異議申し立ての場合と違い、借家人の非を理由に解約が告知された場合にも適用が可能です。
- ドイツで正当事由が比較的緩く解されているのは、保護に複数の段階があり、借家人の事情に応じて適用の有無か決まるからかもしれません。逆に、日本で正当事由が厳しく解されているのは「これしか保護手段がない」からとも考えられ、現在のような判例の原因となっている可能性があります。もっとも、ドイツでも2段階目の保護が与えられる場合は少なく、3段階目となれば非常に特殊なケースに限定され、大半の場合については1段階目の保護しか与えられないのが実状です。ドイツの正当事由は「理不尽な転居からの保護」に近いものですが、借家人の心の安定にはかなり役立っていると思います。
(98.10.20)
ドイツにも立ち退き料があるのですか。
- 家主側に正当な事由があって解約した場合、立ち退き料はありません。日本では正当な事由があっても立ち退き料を求められることがあるようですが、その恐れはありません。一方、家主に正当な事由がないのに立ち退きを求めた場合や、正当な事由を理由に解約したにもかかわらず、それが虚偽であることが明らかになった時には、移転料や家賃負担の上昇分を求めることが可能です。以下に例を紹介したいと思います。
- ドイツ統合前後から大都市を中心に住宅不足が激しくなり、家賃が上昇しています。ところが、古い借家契約の中には、わずかの値上げしかしない特約を結んでいるケースがあり、何とかして解約したい家主もいるようです。「シュピーゲル」という雑誌によると、大都市では1万〜5万マルクの補償を提供して借家人に出てもらう例も珍しくないそうで、ミュンヘンでは40万マルクの立ち退き料を払ったケースまで出てきました。これは、周辺より家賃が非常に安く、今後16年にわたって「5年ごとに50マルクしか値上げしない」という特約のある借家人に出てもらうというケースです。借家人が早期に低家賃の恩恵を失うことを補償するので、家賃が安いほど補償が高くなり、転出時の家賃は月600マルクだったので、支払われた立ち退き料は55年分の家賃に相当します。なお、当初契約した家主が死亡し、相続した人が120万マルクで売却をするために立ち退きを求めたものなので、家主側が一方的に損をするわけではありません。
- ドイツ借家人連盟の資料から、虚偽による解約告知の裁判例を紹介しましょう。ザールランド州で、家主が息子の居住を理由に解約を告知し、借家人が退去しました。しかし、その後3年を経過しても住宅は空き家のままだったので、退去した借家人が補償を求めて訴えました。借家人は、以前の住宅よりも狭い住宅に移ったのですが、家賃は高くなったそうです。裁判所は、移転の費用(住宅を探すための新聞広告代を含む)と家賃格差3年分にあたる5,000マルクの補償を命じました。本来は家主が解約告知を行える時までの家賃格差を補償すべきなのでしょうが、いつになるかわからないので3年間としたそうです。
- こういうわけで、立ち退き料は日本固有のものではありません。ただ、日本では正当な事由があっても立ち退き料を支払わねばならない例があるようですが、ドイツにはそういうケースはないようです。
(98.06.04)
ドイツの連邦憲法裁判所は、現行の日本の借家制度を「合憲・違憲」のどちらだと判断すると思いますか。
- ドイツと日本では憲法も異なるので、むずかしい質問です。日本国憲法の第29条は、まず「財産権は、これを侵してはならない」と示し、続いて「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」としています。現行の借地借家法は、この財産権の内容を定める法律のひとつです。この「まず財産権を保障し、それに制約を加える」という基本的構成はドイツ憲法(基本法)第14条にも共通しているので、両国の憲法の差を度外視し、連邦憲法裁判所の判決を読んだ印象から大胆に判断させていただくなら、「違憲判決が下される可能性が高い」と言えるでしょう。
- 違憲判決が出されるのではないかと私が考えている最大のポイントは、所有者による自己使用が困難な点です。上の連邦憲法裁判所の判決理由からわかるように、ドイツでは必要なときには所有者に利用権が戻りますが、日本では高額の立退料が求められる等、所有者の権利が弱くなっています。まちづくりで、土地所有者の自由に建物を建てる権利を制限するには一定の納得する理由が求められていたり、銀行の定期預金を解約しても普通預金としての利子は保障されることと比較すると、理解していただけると思います。
- 「定期借家権」論者のなかにも、「現行の借家制度は憲法違反」と述べている方がいらっしゃいます。では、定期借家権を創設すれば違憲状態が解消するのでしょうか。従来の借家制度も存続させ、既存の契約はそのまま継続されるそうなので、答えはもちろん「No」ですね。必要なことは、「定期借家権」に逃げることでなく、現行の正当事由制度に正面から取り組むことだと思います。ドイツの連邦憲法裁判所の判決は、その際の強力な援助を提供することでしょう。
(98.02.16)
ドイツにも、借家解約の正当事由制度への批判がありますか。
- 現行の解約制限は1971年に導入されました。戦後は現在の日本と同様な強い解約制限がありましたが、1960年代に市場経済化が進められた結果、家賃値上げのための解約が増加し、社会問題となったからです。同時に既存借家の家賃を値上げするための一定の手続きを導入し、家主が一方的に不利にならないように配慮しています。なお、1983年には、新たに期限を決めた定期借家制度(民法典第564c条:上に説明しております)が導入されています。
- 1990年前後に上位の裁判所が判例を示し、自己使用のための解約が容易に認められるようになった当時は、借家人の側から強い批判が出されました。ある雑誌に、借家人連盟の「自己使用のための解約のうち、半分は偽りである」という談話も掲載されています(家主側は、せいぜい1割程度だろうと反論しています)。しかし、その後多数の判決が出され、解約の基準が明確化してきて、最近は事態が収まってきているようです。
- このようなわけで、全般的に考え、あまり批判はないように感じられます。これは、連邦憲法裁判所が家主と借家人の利害の調整に努力してきたからでしょう。この連邦憲法裁判所の判決では、裁判官のなかに少数意見があった場合は示されます。借家に関係のある判例を30件近く調べましたが、少数意見が記載されているのは上の「家主の経済的不利益による解約」の項目で紹介した1件だけだったことが、ドイツの全体的な状況を示していると言えるでしょう。
- もちろん、少数ですが、「現行規定は家主に負担を課しすぎている」と主張している方も見られます。たとえば、法律学のロレック教授(すでに退官されています)は、「借家の所有者がなぜ財政的に豊かでない同輩のことを考慮しなければならないのか。なぜ一戸建て住宅に住む者は除外されるのか。多分、それは借家の所有者が借家人の困窮を利用するからだろう、しかし、それは憲法第14条の問題ではない」、および「借家人の保護は住宅を捜す者に負担を課し、幸運な占有者を優遇する。家主は、家賃への危険負担分の追加や借家人保護の減少などの契約上の工夫により、借家人保護の費用をまかなおうとする」などと論じています。この議論を「日本とそっくりだ」と感じるのは私だけでしょうか ?
(98.02.16)
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