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版の現在
「 版 」 の概念とその可能性について
− 現代・美術における「身体」との関わりからの一考察 −
福島大学 渡辺晃一 / 福島大学大学院 荒木久美子
第1章 <版>とは何か

1.漢字の<版>について

  <版>は、「版画」のみならず、様々な領野に用いられる概念である。<版>を用いた手法には、縄文土器の縄目模様、メソポタミアの粘土に転がして印を付ける円筒印章、極東の判(印章)や焼印の類も、あるいは拓本、正倉院に残る夾纈、臈纈、桃山時代の摺箔といった染色法、あるいは陶磁器の絵付け法などがあげられる。歴史的背景の違いはあるものの、素材感や技法、制作過程、使用法など、これらすべてを<版>の概念から捉えることができる。
  では、<版>という字には、どのような意味が含まれているのか。現代国語辞典には、 ・木の板、木ぎれ、ふだ ・はんぎ、版板(印刷のために文字や絵、図形を彫った板)・他の表面へのうつしとり。転写、転移 ・印刷の手順、刷ったもの(活版・刷版・凸版・平版・銅版・写真版) ・出版、複製されたもの(版権・版本・再版・絶版・豪華版) ・戸籍(版籍・版図)などの意味が列挙されていた。(註5 『大辞林』第2版三省堂)
  そもそも漢字の<版>は、片(木片)と反(うすっぺら)の会意文字であり、うすく割いた「字を書く板」を語根とする。(註6:『漢字絵とき字典』下村昇著 / 論創社)右辺の「反(はん)」の象形文字は、「手のひらを反転する」意味であり、左辺の「片(へん)」は枝と根がついている<木>という字を、縦に半分にした右側の字形から、「木の半分・切り分けた一部・かた・片方・平たくうすいもの」と解される。また「片」は、版築に用いる「あて木」の型とも伝えられている。版築とは、古く殷代に始まり、現在まで存続している建築法である。土を層状に固めて建物の基壇や壁、城壁などを作る方法である。「片」を左右両辺に立てて中に土をおき、これを擣き固めて土壁とする。中国では、家の壁や塀にも、三方囲いの板枠を用いた版築法は取り入れられている。日本でも古墳時代の墳墓、寺院建築や城壁を作る際、みられる方法である。
  このような背景から<版>は「木を切り分けて作った偏平な板」という意味がある。実際、百万塔陀羅尼などの経典印刷から印仏、浮世絵など、日本において「木」と関わって用いられた<版>は多い。しかし近代から<版>の対象は、木版画や木版印刷等の素材だけではなく、銅版、石版などの素材や技法にも用いられるようになった。では<版>の訳語が、どのような言葉と結びつけられてきたかを、次節で述べたい。

2.西欧の<版>という言葉について

  <版>に相当する英語は多様にある。print、impression、reprint、edition、copies、さらにはblock(版木)、plate(金属版)等の<版>材などがあげられる。print、impressionは、元版と同じもの、同一版に基づく<版>を示す。impression は、「印を押すこと、押印、刻印、痕、跡」の他にも、「感動を与えること、感銘、印象」などの意味をもつ。 printは名詞として「跡、しるし、印刷、出版物、活字、版画、(写真の)焼きつけ」の他に、動詞として「(印、跡、型)を付ける、印刷、出版する、活字体でかく、(印刷や写真が)写る」等の意味をもっている。printの語源は、premere「圧迫する、圧搾する」というラテン語に由来する。古期フランス語のpriente,preinte,preomdrは「押す、圧縮する」という意味をもち、のちに中期英語(1100~1500)、print(e),preint(e)に変遷していった。Printの使われ方は時代と共に拡張し、15世紀後半から印刷機の発達によって「印刷物」、16世紀後半には「印刷機」の意で用いられるようになった。現在、辞書に print は「圧力という機械的な力で、版の上に付けたインキを、紙などの上に移すこと」とも定義づけられている。(註7:平凡社『世界大百科事典』)
  フランス語で<版>に相当する言葉は、estamp 、gravureであり、両字とも「版画」の訳語でもある。estampは高ドイツ地方の古語 srampfen(叩く)に語源を持つ。gravureはギリシア語graphein(書く)と高ドイツ地方の古語、graben(彫る)に由来する。estampは「版画」以外にも、印刷工程に関するニュアンスをもち、gravureは「原版」に意識がおかれている。(註8:坂本満『世界版画大系』ジァン・アデマール、坂本満、吉川逸治編 筑摩書房 1972− 4頁)またドイツ語で<版>は、graphik 、druckに対応する。graphikは「 筆写芸術(グラフィック・アート)、版画、印画」、druckは「圧力、押す、印刷、版本、複製画」と訳される。

3.<版>という言葉の定義

  日本語の<版>には、print以外にも、幅広い解釈が含まれている。(表1)block(版木)、plate(金属版)などのprintのための材料を示した訳語でもあるし、woodcut(木版)、an engraving(彫りこんだもの)、litograph (石版)のように<版>を制作する種類も示している。また版築の「あて木」をあてがうという意味は、premere(圧迫する)、srampfen(叩く)、graphein(書く)、graben(彫る)、druck(圧力、押す)という制作の行程にも相当する。さらには「手のひら」を「写す、反転する」や、身体的な「うつすこと」の意味合いも含まれている。「鏡像」「拓」など、視覚や触覚にまたがる幅広い「認識」にも結びつくのである。さらに日本語の<版>は、「人」と「もの」、「もの」と「もの」との接触行為も示している。
  棟方志功が、<版>を「複製」との重なりで論じていたように、<版>を印刷術との関わりのなかで定義づける解釈は、<版>という言葉に対する「ものの見方」、捉え方を、printのもつ意味へ強く引き寄せたものであろう。<版>は、概念を多様なメディアに拡張した反面、狭い意味の訳語に収まっている。そこで本稿では、print、copyよりも、impressionの解釈に焦点をあて、<版>の概念をあらためて措定し、「版画」や現代美術の表現との関わりを述べていきたい。今日、文字や映像などの「情報」が、電子、光、磁力による電子出版やインターネットなどの「メディア」を介して、大量に印刷、複製されている。そのなかでimpressionは、printよりも「身体的な行為」や「作者の心情」を強く伝えるものであろう。

 

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