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福島大学 渡辺晃一

3. 西欧語の「素描」との関わり

 「素」という語が、「素行、素人、素首」と結びついたり、語音のソが、「粗」という語と重なって「おおざっぱに描くこと」の意に受け取られがちであるため、「素描」の意味は誤解も招きかねない。「素描」の「素」は本来、「物事をつくりあげるもと、本質的なもの」や「ものや動作などに、飾りや他のものがまったくないもの」という意味で訳されたことをまず前提としたい。

 「素描」に関連する語としては、フランスのdessin、イタリア語のdisegno、英語のdrawing、そしてドイツ語のZeichnungがあげられよう。私たちは日常、美術の学習では「素描」よりも「デッサン(dessin)」という単語を使う場合も多い。日本語の「素描」は、フランス語のデッサン(dessin) を日本語訳したものであると史料には記述されている。ではこのdessinという言葉自体は、どのような意味をもつのか。

 美術でdessin と述べる際は、「素描としてのデッサン」を主たる意味にもつが、他にも「図画、製図、模様、図柄、さらに下絵や輪郭(線)」という意味を含んでおり、「設計図、(作品の)構想」という意味もある。faire un dessin a 〜で「〜を念入りに説明する」、vouloir un dessinで「しつこく説明を求める」という訳される。dessinがこのような意味を持つ背景は、英語の design(デザイン)が「もくろむ」「計画する」という意味を語根にもつことから理解できる。例えばdessinと似通ったフランス語のdessein は、「〜するつもりで、計画、意図、構想」などの「物事のあらすじ」を意味する言葉である。英語のdesignは、美術で用いる場合、主に「素描」ではなく、「デザイン(特に工業デザイン)」を指す。さらに「図案、意匠、型、計画、設計、(芸術作品などの)構想、着想」の意味が連なる。by design で「 計画的に、故意に」であり、形容詞になると、「〜するつもりである、もくろむ」というintendと似通った意味をもつ。

 ただ、dessinとdesignという言葉は必ずしも同一ではない。両者の相違は、フランス語のdessinateur では、coloristeすなわち色彩家に対する、「(線を重んじる画家)素描家」を指すのに対して、英語でdesigner (デザイナー)というと、日本では主に「洋服のデザインする人」を思い浮かべる背景からも推測できる。なお正確には、フランス語のdessinateur は「漫画家、挿絵画家、イラストレーター」なども含むし、英語のdesignerには「図案家、設計者、企画者」などの意味もある。そして英語の「素描」に相当する語は、design(デザイン)よりも、drawing(ドローイング)であることは留意すべきであろう。

 drawingは、draw、基本的に「引く」の意から派生した語である。drawには、「(線を)描く」の他にも、「(外へ)引き出す、(手前へ)引き寄せる、(中へ)引き込む」という意味が連なっている。そこから名詞形のdrawingは、「(鉛筆、ペン、クレヨンなどで)描いたもの」、「絵、図を描くこと、製図」の他に「くじ引き、抽選」などの意味もある。

 なお、フランス語にはdessinの他にも「素描」を意味する言葉に、esquisse がある。 esquisse は「(絵・彫刻・建築の)素描、下絵、」という意味があり、他に「概要、プラン、(文学作品の)草稿、形跡、かすかな影」という意味が面なる。tracer l' esquisse d'une epoque で「ある時代を素描する」、esquisse d'un surire で「かすかな微笑」と訳する。esquisserは動詞になると「素描する、下絵を描く、プランを立てる、概略を示す」の他、「(ある身ぶり、表情を)わずかに示す」という意味があり、esquissers'esquisserは「姿を現す、輪郭をとり始める」と訳される。つまりフランス語のdessin が、英語のdrawingに近い意味であったのに対して、このesquisseが、英語のdesignに近い意味とも受け取れる。

 なお、デッサン、ドローイングに似通った言葉として、よく混同して用いられる語に、スケッチ、クロッキーがある。英語のsketchは、ギリシャの「即興の」という意味を語根とする。「略図、概略」という意味が強く、そこから絵画では「即興でモティーフを前にして描く、写生図、小品」、動詞で「スケッチをかく、写生する」という意味で用いられる。またsketch bookで「写生帳、小品集、短編集」という意味になるように、文学や演劇でも「写生文、草稿、原案、短編、寸劇、略述する、あら筋を書く」などの語意で用いられる。

 sketch 「速描写}と同じような意味は、フランス語でcroquis クロッキーという言葉で用いられる。croquis は、「速描写、略画、略図、見取り図、下書き、草稿、おおまかな報告」などという意味が連なる。ただしこの言葉は、sketch と比較して、ネガチィブな意味合いも引きずっている。例えば、croquis の動詞、croquer は、「クロッキーする、素早く素描する」という意味の他に、「がつがつ食べる、濫費する」という意味がある。croqueur は「クロッキーする画家」の他に、「がつがつ食べる人、濫費する人、さらには女たらし」という意味も持つ。ちなみにフランス語でsketchは、「寸劇」という意味合いが強く、さらに述べるならば、「草稿、略述する、あら筋を書く、試みる」など、人の指向性をともなった「即興的、試作」の意味は、むしろessai という言葉をフランスでは用いている。

 デッサンやドローイング、スケッチ、クロッキーは、日本では同じ「素描」という言葉に訳されて、一色たくに扱われているきらいもあるが、各々違う意味内容を含んでいる。そこで西欧語の「素描」に関連した語を整理する上で、資料3を作成した。 大きく区分すると、デッサンやドローイングは「線を描くこと」であると同時に、「計画、意図、構想をもって描かれたもの」という<ものの考え、脳>を通じて、時間をかけて描いたものという意味あいを含む。対してスケッチ、クロッキーは、人が眼の前で見たもの、衝動的、即興的に描くという、<感覚的、身体的>なニュアンスが強い。また前者は、他者を意識して創作するものであるのに対して、後者は自らの行為そのものを伝えているとも言えよう。


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