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版の芸術
Skin Scape/<版>の芸術 (3)
國學院大學 谷川 渥
 それでは、「聖顔布」「聖骸布」や「イコン」からさらに現代芸術において「版の原理」に関わる作品にどのようなものがあるのかを、見ていきたいと思います。

  <スライド5>

  これはフランスの有名なルオー作『キリストの顔』です。これを私は、明らかに聖顔布であると思っています。つまりビザンチン美術のイコンを描き直していると言ってもいいのですが、明らかに左右対称の聖顔布のつもりで彼は描いています。そういうことも知らないルオーの解説者がたまにいます。

  <スライド6>

  これはマルセル・デュシャンの作品です。デュシャンを版の原理で語っていいのか、少し牽強付会かもしれませんが。この作品は「ストッパージュ」という、確か1mぐらいの長さの紐を、上からぽろっと落として制作したものです。固まりにしたり、色々な落とし方をしたものを後から写して描いた。上方から一つの平面に紐を落とすと、いわばそこに射影ができます。デュシャンはそれを後からなぞるとか、そこに物体を貼りつけるとかした。彼自身の言葉で述べるところの四次元が二次元化する。三次元が二次元化するとか、四次元のものが三次元したものです。これは一種の空間の<版>であるともいえます。

  <スライド7>

  これは有名なデュシャンの大ガラス、" La Mariee mise a nu par ses celibataires , meme " です。日本の画集では「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも」と呼ばれています。この和訳を私は悪訳の見本であると思います。マリエは「花嫁」です。花嫁が彼女の周りを取り囲んでいる独身者によって裸にされてしまいましたという話。最後にフランス語で「メーム」という言葉がついている。これを英語で言うと「イブン」。フランス語の「メーム」はそのものという意味で使うこともある。副詞として使う場合には「〜でさえも」という意味にもなるのですが、意味がわからない。東野芳明は後ろから訳している。 私の和訳は「花嫁はその独身者達によって裸にされてさえも」。最初に「花嫁」が来た方がいい。
 これが花嫁、これが独身者達です。そしてひび割れている。これは3mくらいの大きさのガラスで出来ています。運んでいる最中にガラスが割れてしまった。デュシャンは喜んで「これはなかなかいい。このままにしておこう」というのでガラスの割れめがそのままになっています。
 デュシャンはそれ以前に「花嫁」とか「処女から花嫁への移行」とか、いわば女性の物語の連作のようなものも作っています。この作品は花嫁になってしまい独身者達が到達できないところへ行ってしまった。あれこれ独身者達が考えたり色々なことをアプローチしたりして裸にされたというのだが、上のあれが何で花嫁なのか意味がわからない。どうしてあれを花嫁と保証しているのか。デュシャンによれば四次元のものが、二次元化したものだと言う。よく見ると、下側は遠近法を使ってる。つまりここには三次元空間が再現されている。一種の透視法を使っている。二次元の中に三次元が再現されている。上の方は完全に二次元です。このようなものも<版>と言ってよいのではないでしょうか。

  <スライド8>

  これは裏側から見たところです。作品はフィラデルフィア美術館にあります。

  <スライド9>

  これはデュシャンが女性のお尻のところだと思いますが、柔らかい粘土の上に座らせて、へこんだ所を固めたもの。型取りであり、<版>です。ポジのものは不在で、ネガの部分がポジの作品として現出している作品です。

  <スライド10>

  これはかなり後の作品 " With my tongue in my cheek " 「私のほっぺたに舌がくっついてしまった」という作品です。舌をどうやって取ったのか分かりませんが、それをほっぺたにくっつけた作品で、舌の型取りをしたのか分かりませんが、デュシャンの作品の原理の一つに<版>というものが、かなり入り込んでいたことがわかります。

  <スライド11>

  これはマン・レイの作品。マン・レイはデュシャンと仲が良かった。デュシャンはフランス人で、1910年代にニューヨークにやって来て、マン・レイと知り合いました。デュシャンはマン・レイやピカビアと一緒に、ニューヨーク・ダダという運動を起こした。マン・レイの本名は難しい名前であり、東欧系のアメリカ移民です。デュシャンがパリに帰った時にマン・レイも後を追うようにパリに行き、そしてフランスのシュルレアリストたちと交流しました。この写真はシュルレアリストたちの親分であるところのアンドレ・ブルトンです。
 マン・レイはオブジェや絵画のようなものを作っているが、結局、彼が残した作品のなかで、私がいいと思うのは写真です。彼自身は大した活動ではないと思っていますが、写真家として一番いい仕事をしたように思います。これはブルトンの横顔をソラリゼーションで撮った。ソラとはつまり太陽です。一度撮ったフィルムを瞬間的に太陽に当てる。露光させる。そうすると白くなる。わざとフィルムを出してしまう。彼はこのような変わったソラリゼーションをいくつか撮っています。

  <スライド12>

  これもマン・レイの写真です。シュルレアリスムの女神の一人であった大変美しい女性、メレット・オッペンハイムを撮ったもの。彼女自身も作家でした。「毛皮の朝食」という変わったオブジェを作っています。これもソラリゼーションです。ソラリゼーションを使うと、輪郭がはっきり出てきます。不思議な映像が出てきます。写真というのは基本的に太陽版画と言われた時期があった。写真が登場した時、絵画の延長線上に写真を捉えた意見もありましたが、実は写真は版画の延長線上にあるものだと思います。何故なら、ネガフィルムだからです。撮された映像はネガで写る訳です。ネガを反転させてポジにした時に、映像としてみられるので、版画と同じことをしている。光による版である。ソラリゼーションというのは太陽を使ってやったということで、太陽による作品であるとことをあからさまに示す一つの技法です。もともと写真は太陽版画であると言えるでしょう。

  <スライド13>

ドイツ系のシュルレアリスト、マックス・エルンストの作品です。エルンストやオスカル・ドミンゲスというシュルレアリストが、デカルコマニー、フロッタージュという技法を発明したと言われています。デカルコマニーは簡単に言うと、紙の上に絵の具をたらして2枚に折って開く。シンメトリックに絵の具の模様が出てくる。何種類かの絵の具を置いてたたんでもいいし、上から押さえてもいい。そして開く。そうすると上の方に模様が出てくる。ロールシャッハテストでも使われます。フッロッタージュは「擦る」という意味で、例えば木の幹に紙を置いて上から鉛筆で擦ると向こう側のでこぼこが紙に写し取られます。そうやって模様を写し取る方法です。シュルレアリストが用いた、デカルコマニーとフロッタージュという技法は、両方とも<版>です。そのような<版>の技法が我々の発明であるとマックス・エルンストは主張をして、デカルコマニーやフロッタージュを使った作品を多く残しています。
 この作品に描かれているのは「太陽」です。太陽があって、何だかドイツ系の深い森を描いた様に見える。フロッタージュとデカルコマニーを用いて、後から着彩しています。明らかに小さなコルクのようなもので木の図柄、木目模様など、どこかの凹凸を写し取っている。そのような作品です。

  <スライド14>

  エルンストの作品は全部<版>によって作られたと言ってもいい。これもフロッタージュが基本になっています。植物のフロッタージュをして、細かい部分を点で描いた。こんなところに裸の女がいる。雑誌か何かのその部分を切り取って貼りつけてコラージュをし、絵の具を少し塗っている。エルンストの作品の解明はまだなされていません。そういう細かいことをしている人を私は過分にして知らない。
 細かく見ていくとどこがフロッタージュ、デカルコマニー、コラージュであるか非常に細かく分析できるのですが、日本のシュルレアリスムの研究者達はそのような分析はあまりしない。

  <スライド15>

  これは「雨後のヨーロッパ」。第二次世界大戦が始まる1940年頃にエルンストはアメリカに亡命しました。フランス系、ドイツ系のシュルレアリストたちは全部アメリカに亡命して戦争を逃げている。戦後それが非難された。ブルトンをはじめとしてフランス系の人たちは全部アメリカに逃げてしまった。戦後フランスに戻るとフランスの知的社会を支配していたのはサルトルであった。そしてサルトルによって、シュルレアリスムは終焉をもたらされたと言っても良い。エルンストは、もうヨーロッパはだめになると予感して「雨後のヨーロッパ」という題の大きな作品を描いた。世界が全部溶けてしまっている。
 これもフロッタージュ、デカルコマニー、コラージュ作品です。

  <スライド16>

  これもそうです。『沈黙の目』という作品。フロッタージュ、デカルコマニー等を色々と使っている。空の部分は描いたのだと思います。後のところはフロッタージュ、デカルコマニーを用いたもの。
 エルンストの作品はつまり全部<版>の原理で成り立っていると言ってよい。

 <スライド17>

  ここからは日本のシュルレアリストの作品。北脇昇のものです。北脇昇は日本のシュルレアリストの中ではわりと優秀な人であったと思う。エルンストに比べると他愛ないですが、非常に実験的な精神を持った人であった。風景画の様に見えてこれは全部葉っぱです。これはフロッタージュつまり葉っぱに絵の具を塗ったのを紙でとった。あるいはとった後に着彩したのかもしれない。

  <スライド18>

  これは白菜の葉でフロッタージュしたものでしょう。これは何かお茶の筒のようなものをここに立てて、そして吹きかけた。これは全部身近にあるものをフロッタージュして作った風景画です。

  <スライド19>

  これも北脇昇。同じような作品です。

  <スライド20>

   これは瀧口修造のデカルコマニー。瀧口修造の問題については、私は先日、『イコノクリティック』という本をの出しました。この中に「瀧口修造と版の精神」という文章がある。瀧口修造という人は日本のシュルレアリスムの紹介者、美術評論家として非常に大きな役割を果たしました。彼の美術論がどの程度残るのかは問題ですが、非常に偉大な啓蒙家であったことは事実です。彼は、シュルレアリスムの理論や作家論を書くだけでなく、翻訳もしながら、同時に変にデカルコマニーに取りつかれた人です。
 デカルコマニーとは、つまり絵の具を置いて、紙をあてがって剥がすということです。この表現技法は誰でもやれば出来ること。絵がうまいとか下手とかいう問題ではなくて、絵の具の置き方、それから水の加え方、どれくらい合わせて置くかという微妙な違いで色々なことが起きる。様々な材料も使っていますが、青系統のメタリックな感じがわりと瀧口修造は上手でした。自分で展覧会を開いたこともある。そのうちの何点かをスライドで紹介しましょう。

  <スライド21>

  不思議な風景画のようなものができています。宇宙の風景や山が崩れるような風景ができる。絵の具の置き方、材料の加え方によって色々とできます。

  <スライド22>

  これも典型的なデカルコマニー。

 <スライド23>

  今度はイヴ・クラインの作品です。イヴ・クラインは1960年代に活躍したフランスのアーティスト。変わり者で1950年代に、日本の講堂館に柔道で留学していた人で、4段か5段、ものすごく強かった。外国人の中では最強と言ってもいい位、強くなった人です。ところが彼はパリに帰って柔道場を開きかたったのですが、まだ外国人が柔道をするということが理解されていなかった。結局。開けませんでした。そしていつの間にかこんなことを始めた。女性を雇って裸にして、ベタベタと絵の具、ペンキのような青い絵具塗りつけて、布に押しつける。

  <スライド24>

  つまり女性の裸を布に押しつけさせる訳です。体に塗って立ってるカーテンのようなものに体を押しつける場合もあれば、寝かした布に押しつける場合もあった。女性自身が自分で押しつけました。
 イヴ・クラインは日本にいた時、魚拓か何かを見たのかもしれない。魚拓のような<版>をやり始めた。しかも公開で。大変有名になりました。そのうち彼は若死にしてしまいました。

  <スライド25>

  これは日本の「いわき市立美術館」にある作品です。何人のモデルを使ったのか分かりませんが、もしかしたら一人かもしれない。これはかなり大きな作品です。実物大の人間が白抜きされています。
 こういう形に寝かせておいて上から絵の具を吹きつけたのですね。後からこういうところを汚しています。白抜きされていますけれども、吹きつけたもので、これも一種の<版>です。

  <スライド26>

  ジャスパー・ジョーンズの作品です。彼はポップア−トの旗手みたいな作家として紹介されていますが、<表層>の問題に非常に敏感な人であった。色々なこともやりました。地図だとかアメリカの国旗を描いたり、もともと平面のものを描くということを始めた人です。
  この作品は、自分の体に油を塗って紙に押しつけて、後から粉をふりかけたもの。黒い粉で顔だとか、手だとかを取った。彼は作品に「皮膚」という題もつけています。

  <スライド27>

  これは顔と手です。

  <スライド28>

  これはよく分からないけれど、ここらへんが性器の部分でしょう。自分の性器までとっている。

  <スライド29>

  これもジャスパー・ジョーンズの作品です。

  <スライド30>

  この作品はコートが釘にかかっているんだろうという説があるのですが、僕の考えでは(次のスライドと関連して)これであろうと思う。

  <スライド31>

  この絵はシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの『最後の審判』です。ここに先程述べた、皮剥ぎされた男、聖バルトロメオが写っています。こちらにイエス・キリストがいて、最後の審判をしている。イエスは右手を挙げて左手を下げています。画面の左手側(私たちから見て右側)にいるのは、地獄に落ちていく人達です。挙げている右手の方の(向かって左手の)人達は、救われて天国に昇っていきます。そしてイエスのすぐそばに聖バルトロメオがいます。なぜか反抗的な顔でイエスを見ている。右手に持っているのはナイフでしょうか。左手には、この人物がバルトロメオであることを示す、全身皮剥ぎされた自分の抜け殻を持っていると言われますが、抜け殻の顔がどう見てもバルトロメオではない。実はこれがミケランジェロの自画像であるという説がある。イタリアの美術史学者が1925年に論文を発表して以来、あらゆる証拠からこれはミケランジェロ以外のものではあり得ないと、今はそれが認められている。
 レオナルド・ダ・ヴィンチは立派な自画像を残していますよね。しかしミケランジェロの自画像はない。ミケランジェロの顔はよくわかってない。一つ二つ自画像らしいものがない訳でもありませんが。鼻が曲がっているとか、非常にひねくれた顔をしていたらしい。この自画像は抜け殻のようなだらんとした手をしていて、幽霊みたいでしょ。これについて私は、著書『鏡と皮膚』の中でも詳しく書いています。
 そして皮とか皮膚、表層の問題に敏感な人は、どうしてもこの問題につき当たるしかない。
 ジャスパー・ジョーンズもまた、これを知っていたのではないか。結果、この姿は、コートではなく、皮剥ぎされた男であると、私は思う。彼は国旗や地図を描くなど、<皮膚><表層>を自分の課題として生きてきた芸術家とも言えます。

 <スライド32>

谷川渥氏:型取り、肉体そのものを型に取る芸術家として、ジョージ・シーガルは有名です。どのように作ったのでしょうか。

渡辺晃一氏:実際のモデルに、包帯石膏をあてて固まった後、はずして再構成したものです。ときには、型取った包帯の器の中に、再び石膏を流し込んで作ったものもあります。包帯はギブスに用いられるものです。立体的に再現して取れる訳です。

谷川氏:型取りと言ってもかなり複雑な工程をしているのですね。ポジ・ネガ、オス型・メス型というが、いずれにしても肉体の型取りです。石膏型も<版>の一種ですね。

  <スライド33>

谷川氏:これはシーガルの『マリリン・モンローの写真を見ている男』です。

  <スライド34>

谷川氏:次に関根伸夫の有名な作品、「位相・大地」。1960年代の作品です。この一作で彼はとても有名になった。いわゆる「もの派」と言われますが、この言い方を私はあまりピンと来ない。
 これはものすごく大きい土の塊、大地から同じ大きさのものを抜いた。実際には穴を掘ってまた固めたのです。この作品の面白さは自然の大地を使って抜き取るという現象を与えたことでしょう。
 これも<版>、「空間の版」、「版の原理」による作品です。
 アメリカのミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの影響をかなり受けている。日本の「もの派」はミニマル・アートの模倣として出てきた。ミニマル・アートはその後ランドアートや、アースワークに向かっていきました。ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの人たちは、頭で考えるだけではなく、自然の中に出ていくという傾向も持ちました。それを早く日本でやった人が彼でしょう。

  <スライド35>

谷川氏:これは日本で余り知られていない、岡崎和郎という人です。私の著書『イコノクリティック』の中に、「岡崎和郎の版のオブジェ」という文章が入っています。この人はオブジェを版としてやろうとした人です。あまりそのことは知られていない。これはハート型、りんごと言ってもいい。二つのものをパカッと割った、ポジとネガです。

 <スライド36>

谷川氏:岡崎さんの作品はよく考えないと、どのように作ったのかよくわからないところがある。よく見ると非常に複雑な作り方をしている。

  <スライド37>

谷川氏:りんごをかじった後、どうやって作ったのかな。

渡辺氏:このように型取ったのでは?

  <スライド38>

谷川氏:今の種明かしになっている。

  <スライド39>

谷川氏:ヘッドライトという作品。ネガをポジとして出している。

  <スライド40>

谷川氏:これもわからない。手をどのように造ったのか?

渡辺氏:手をこのように(ゴム手袋を反転したように)して型取ったと思う。ネガがポジになっている。

  <スライド41>

谷川氏:最後は「ひさし」という作品。岡崎氏はこれで有名になった。
 彼は小さなオブジェを全部、ポジとネガとの関係、版でやっている。「版のオブジェ」と私は名づけました。マイナーなアーティストですが紹介しました。

  <スライド42>

谷川氏:これは関西の方で、飯塚二郎という人。よく映画でこのようなシーンがある。

渡辺氏:三宅一生の作品にも。

谷川氏:粘土のようなところを自転車の車輪のようなもので通り、型取ったような作品。粘土に手跡をつけると引っ込む。引っ込んだところに石膏を流すようにして造ったのかな?

渡辺氏:はい。型を取った雌型に、この作品はFRPなどのプラスチックをかぶせて造っていると思う。そうするとこういうポジ型になる。

谷川氏:二重、三重のことをしている。向こうからあたかもこちら側に人が出てくるような作品です。

  <スライド43>

谷川氏:これも飯塚二郎の作品です。大地の地面の下から何か生命が出てくるような作品。

  <スライド44>

谷川氏:これは吉江庄蔵という作家の作品。土方巽の最後の舞台美術をしていた方です。この人の前が中西夏之さん。私の『イコノクリティック』には中西夏之についても少し書いてあります。彼は美術手帖という雑誌で土方巽と対談しました。といっても喧嘩みたいな対談です。美術手帖の対談は土方巽と中西夏之が打々発止とやりあっている。その問題について書きました。舞踏と美術とはどのように関わるか。また、関わり得ないのか。中西夏之は舞台美術で土方巽に育てられた一人とも言えますが、途中でやめた。そして出てきたのが吉江庄蔵です。すぐに土方は亡くなったので、一緒の活動は短かったのですが。
 吉江庄蔵は土方巽からヒントを得たのかもしれないが、皮膜彫刻と称して、人間の体にラバー(ゴム)を着せて、その上からそして薄いプラスチックを熱して、(板のようなものを熱すると、どろどろに柔らかくなる。)それを四人ぐらいでラバーの上からかぶせ引っ張る。そうすると、このような状態になる。これが薄い暗やみの中でたっていると、わりと存在感がある。

  <スライド45>

谷川氏:少し中に青い色を塗って外側を白くすると、このようにきれいな感じになります。
2000年5月3日
川口現代美術館スタジオ「渡辺晃一×大野一雄  疾走する肌膚」展覧会場において
(記録、荒木久美子)
 
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