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スポーツの社会科学 第1巻スポーツ社会学、杏林書院、1998年

スポーツの社会的基盤  学校・地域のスポーツクラブ


【はじめに】
 「国及び地方公共団体は,スポーツの振興に関する施策の実施に当たっては,国民の間において行われるスポーツに関する自発的な活動に協力しつつ,ひろく国民があらゆる機会とあらゆる場所において自主的にその適性及び健康状態に応じてスポーツをすることができるような諸条件の整備に努めなければならない.」(スポーツ振興法第3条)

 「国及び地方公共団体は,わが国のスポーツの水準を国際的に高いものにするため,必要な措置を講ずるよう努めなければならない.」(スポーツ振興法第14条)

 1961(昭和36)年に「スポーツ振興法」が成立して以来,数多くの施策が展開され,かなりの年月が経過してきたが,その間,わが国のスポーツ事情はどれだけ進歩・発展してきたであろうか.
今日まで,保健体育審議会,臨時教育審議会の答申等によって,それぞれの時代状況を反映しながら,わが国のスポーツ振興のあるべき姿が示されてきた.表現の仕方に若干の違いはあるものの「誰もがスポーツに親しみ,かつ世界で活躍できる選手を育成する基盤づくり」を目指してきたことは明白である.
しかし,それが一向に根づいた気配がない.
いまだスポーツが人々の生活の中に定着していないこと,オリンピックや世界選手権等の国際競技大会において日本選手が低迷を続けていることなど,わが国のスポーツ事情は,先進諸国に比べ,かなり立ち遅れていると言わざるを得ない.
 なぜ,早くから取り組んできたにもかかわらず,実現されてこなかったのか.
結論を先に述べれば,本来,最初に取り組むべき土台・基盤づくりが後回しにされてしまったこと,言い換えれば,わが国のスポーツ体制がもはや限界にさしかかっていることに気づきながらも,抜本的な改革が先送りされてしまったことによると思われる.
 確かに,既存のスポーツ関係団体の既得権をどう調整するか,部活動をどう考えるかなど,数多くの問題を抱えているとは言え,誰かがメスを入れなければ変わらないことも事実である.
 不安定な基盤の上にいかにすばらしい家屋を築こうとしても土台無理があるといった共通の認識に立ち,新たな体制づくり・基盤づくりに向け,一歩踏み出さなければならない.
 そして,最も反省すべき点は,こうした組織や制度の改革,新しい体制づくりといったきわめて社会学的な問題に対して,これまでにスポーツ社会学が具体的な解決モデルを提示できなかったということである.

【1.スポーツ活動の基盤 −わが国のスポーツクラブ−】
 わが国のスポーツは,明治初期に外来文化としてのスポーツを受け入れて以来,学校運動部や企業のスポーツクラブ(実業団)を中心に発展してきた.その後,'70年代頃からは,ママさんバレーや早朝野球など地域のスポーツクラブが盛んになり,さらに,'80年代に入って,いわゆるフィットネスブームが到来,民間のスポーツクラブが次々と開設され,スポーツ活動の基盤が拡大していった.
このように,わが国のスポーツは,学校,企業,民間,地域の4つのタイプのスポーツクラブを活動基盤として普及・発展してきたといえる(表1参照).もちろん,こうした組織には所属せずに個人でスポーツを楽しむといった未組織のスポーツ愛好者も多数存在することは言うまでもない.
 本稿では,これら4つのスポーツクラブの中から,学校運動部と地域スポーツクラブを取り上げ,「その現状と問題点」→「スポーツクラブ革命−総合型地域スポーツクラブ−」→「新しいステージに向かうスポーツクラブ」といったシナリオに沿って,「誰もがスポーツに親しみ,かつ世界で活躍できる選手を育成する基盤づくり」の可能性について探ってみたい.

【2.学校運動部の現状と問題点】
 文部省が全国の中学校・高校100校ずつを対象に,1996(平成8)年に実施した「中高生のスポーツ活動に関する調査」2)によると,学校運動部への所属率は,中学校で73.9%(男子83.0%,女子64.1%),高校で49.0%(男子56.3%,女子41.1%)となっている.意識の点では,中学,高校とも8割前後の生徒が運動部活動は「楽しい」と答え,生徒,保護者,教諭,学校長どのグループにおいても9割以上が,生徒の現在の生活及び将来のために運動部活動は「役立っている」と肯定的に受けとめている.こうした点からも,学校運動部はスポーツ活動の基盤として今なお重要な役割を担っていることがわかる.
しかし一方で,学校運動部は,教育活動の一環としながらも,競技会での勝利を追求する集団とみなされることが多い.もちろん,「より高い技能の習得や記録への挑戦」といったスポーツ本来の活動が極めて高い教育的価値を有することは認められているとしても,それが行き過ぎた場合,様々な問題を引き起こしてきた.勝利至上主義による過熱化の問題,過度の練習による身体やこころの障害,指導者による体罰など枚挙にいとまがない.佐伯(1988)20)の指摘にもあるように,わが国の学校運動部が,常に「教育」と「競技」といった二つの矛盾した要求の狭間で揺れ動いていることは紛れもない事実である.
とは言え,学校運動部がわが国の競技力の向上に果たしてきた役割は大きく,競技スポーツの基盤がいまだ確立していない現状では,さらに期待が集まってくることだろう.しかし,競技力向上を「世界レベルの選手・チームを育てる過程」といった視点でみた場合,ジュニア期からトップレベルまで一貫した指導を行うことが難しいだけではなく,小・中・高それぞれの段階で最高のチーム・選手に仕上げることが優先され,競技半ばでバーンアウトしてしまう選手も少なくない.
また,少子化による部員数の減少や顧問教師の移動に伴い,休部,廃部に追い込まれるクラブの増加,児童・生徒の価値観の多様化による「運動部離れ」の深刻化,さらに学校週5日制の完全実施に伴う土日の活動自粛要請への対応など,これからの社会変化に即した「学校運動部」のあり方が今問われている.

【3.地域スポーツクラブの現状と問題点】
 (財)日本スポーツクラブ協会が1994(平成6)年に実施した「スポーツクラブ実態調査」13)によると,公共スポーツ施設(学校開放施設を含む)を拠点として活動しているわが国の地域スポーツクラブの総数は約37万クラブ,その形態は,単一種目型クラブが34万クラブ(92%),複合種目型クラブが2万9,600クラブ(8%)であることがわかる.また,会員総数は1,169万4千人で,わが国人口の9.4%を占めている.1クラブ当たりの平均会員数は31.2人,年間活動回数は,単一型クラブの平均で47.4回(ほぼ週1回),1回の活動時間は約2時間で,平日の夜間に活動するクラブが多い.また,指導者を有する割合は,単一種目型クラブで65.6%,残り約3分の1のクラブには指導者がいないことがわかる.
大橋(1994)16)が指摘するように,わが国の地域スポーツクラブとは,単一種目で大会志向型,人数的には少人数のクラブである場合が多く,規約もなく組織も不十分であることから,クラブというよりもチームとしての色彩が強い.また,チームとしてはまとまりがあるものの,その反面閉鎖的で,それぞれのクラブが別個に活動していることから,地域とのつながりも薄い.さらに,その活動は上手な人中心になってしまうことが多く,リーダーや世話役がいなくなると,一気に活動は停滞し,つぶれてしまうこともある.
また,従来の競技団体加盟のクラブとは別に,大会参加を志向せず,勝敗にこだわらない活動を好む人々も増えており,「クラブ離れ」や地域スポーツクラブそれ自体の形骸化も進んでいる.
地域住民にとって,また地域社会にとって本当に必要な生きたシステムへの転換が今,求められている.

【4.スポーツクラブ革命 −総合型地域スポーツクラブ−】
 わが国におけるこれまでの「スポーツクラブ」とは,学校運動部も地域スポーツクラブも「単一種目型で閉鎖的,少数の固定化されたメンバーによる競技志向型」といったイメージが一般的であった.
文部省では,以前から,こうした既存のスポーツクラブのイメージから脱却し,新たに「子どもから高齢者,障害者までを含む,あらゆる年齢層の人々が,生涯の各時期にわたって,主体的にスポーツに親しみ,真に豊かさと生きがいを実感できるスポーツライフの実現」12)を目指し,「地域に根ざした多種目型の公共性を伴ったスポーツクラブ」といった従来とは全く異なった性格のスポーツクラブづくりを推進することを提唱してきた.
それが今日,形として現れてきたのが「総合型地域スポーツクラブ」である.
文部省では,1995(平成7)年から「総合型地域スポーツクラブ育成モデル事業」を実施し,わが国の生涯スポーツの振興を考える上で,地域に根ざしたスポーツクラブの育成,つまり,学校という枠を取り外し,地域社会のレベル(1中学校区程度の住民を対象としたクラブ)でスポーツを展開することが重要な課題であることを打ち出している.
もちろん,スポーツは個人の自主性,自発性を尊重するものであり,すべての人々がこうしたクラブに所属してスポーツをしなければならないということでは決してない.ただし,「総合型地域スポーツクラブ」を育成することは、クオリティ・オブ・ライフを求める個人のみならず,少子化・高齢化へと加速するわが国の社会全体にとっても必要不可欠であり,何よりもスポーツを文化として育てていくための重要な基盤と成りうることをまず理解することが大切である.
少数精鋭化する「学校運動部」が,結果として一般の児童・生徒を排除する傾向に向かっていること,仲間内だけの「地域スポーツクラブ」が多様化する地域住民のスポーツ欲求に十分応える場とはなっていないことなど,わが国のスポーツ活動の基盤を再構築する上で,この「総合型地域スポーツクラブ」は,まさに「スポーツクラブの革命」であるといっても過言ではない.

【5.新しいステージに向かうスポーツクラブ】
 これからの生涯スポーツを推進する基盤として「総合型地域スポーツクラブ」に寄せる自治体の期待は大きい.しかし実際のところ,現体制に限界を感じつつも,一体,何をどうすれば新しい体制へと転換することができるのかといった具体的な情報が極めて少なく,暗中模索している自治体が多いのではないだろうか.
ここで具体的なモデルを提示する前に,今一度,「生涯スポーツとは何か」について問い直すことから始めたい.なぜなら,「生涯スポーツ」に対する理解の仕方がまちまちであり,時として「競技スポーツ」を含まないスポーツが,あたかも「生涯スポーツ」であるかのように語られることもあり,その結果,両者の間に力関係が生じ,依然として学校あるいは競技スポーツが主流で,生涯スポーツは亜流・新参者といった関係を修正できないまま,現在に至ってきたからである9).
しかし本来,「学校スポーツ」や「競技スポーツ」は「生涯スポーツ」の中に位置づけられるべきではないだろうか.こうした考えに基づきながら,ドイツのスポーツシステムを参考に,わが国の生涯スポーツ振興モデルの作成を試みた6)(図1参照).

 生活の中のスポーツ(Breitensport)は,あらゆる人々が共にスポーツを楽しむことができる地域のスポーツクラブ(Sportverein)を中心に展開され,その中で行われる大会も試合に勝つことではなく,様々な人々との「交流」を目的として企画される.また,子どものみならず大人も高齢者も障害者も,個人の自由意志に基づき,それぞれの生活のリズムに合わせ,わずかな会費で気長に続けられるといった特色を持たせたい.
一方,競技スポーツ(Leistungssport)は,学校とスポーツクラブ(Sportschule)の連携から,将来有望な選手を発掘し,有給の国家コーチの指導の下,才能を引き出し・開発することを目標とし,「勝敗」を軸に,より上のレベルを目指していく.
すなわち,図1に示したように,「総合型地域スポーツクラブ」を基盤として生涯スポーツの推進を図り,その過程で「生活の中のスポーツ」や「競技スポーツ」が盛んになるといった図式が望ましいと考える.
また,底辺を拡大することによって競技スポーツの振興を図るといった従来のピラミッド型の構造ではなく,「生活の中のスポーツ」と「競技スポーツ」の独自性を踏まえながらも,その基盤・根底(総合型地域スポーツクラブ)の上で,両者が連携,移行するといった連続性を保つことによって,「誰もがスポーツに親しみ,かつ世界レベルの選手・チームを輩出するシステム」に一歩近づいていくことができると言えるであろう.
では,こうしたスポーツクラブは,わが国に根づくことができるのであろうか.
一番の問題点は,クラブづくりに関与する大人(指導者,親,学校,行政等)は,こうした地域を基盤としたスポーツクラブの意義や役目は頭で理解できても,体験を通して実感したものではないことから,実際に変革しようとしても,どこから手をつけていったらいいのかよくわからないといったことではないかと思われる.
しかし,そうした中においても,既成の枠にとらわれず意欲的に変革に取り組んでいる地域がある.「地域スポーツクラブ連盟」を設立した秋田県琴丘町8),学校と地域の共生を目指して結成された愛知県半田市にある「成岩スポーツクラブ」21),住民の自主運営型を志向した栃木県石橋町の「グリムの里スポーツクラブ」7),社団の法人格を取得した「塩釜フットボールクラブ」14)等の活動は,身近な実践例として学ぶべき点が多い.

【6.ドイツのスポーツクラブを取り巻く危機的状況】
 7人以上の会員を保有していれば法人資格が与えられ,公的な資金援助を受けることができるといったクラブ法(1964年制定:Gesetz zum Regelung des 喃fentlichen Vereinsrechtz)を基盤として,ドイツのスポーツは,学校や企業中心の日本とは異なり,地域のスポーツクラブ(Sportverein)を中心に普及・発展してきた.しかし,この磐石とも思えたドイツのクラブシステムに異変が起きている.
J・バウル等(Baur et.al.,1995)は,今日のドイツのスポーツクラブを取り巻く危機的状況について,次のように指摘している1).
ドイツの国民スポーツは,戦後,1960年にスタートしたゴールデンプラン(Der goldene Plan)で基礎固めを行い,ミュンヘンオリンピック(1972年)で加速し,80年代には,国民の3人に1人がスポーツクラブの会員として,定期的にスポーツを楽しむまでに発展してきた.しかし,80年代の後半から,その勢いにブレーキがかかり,会員数の停滞,減少を訴えるクラブが増えてきた.その理由について,次のように述べている.
第一に,これまでのクラブは,旗やワッペン,「おらがクラブ」といったクラブへの所属意識,クラブとの一体感によって支えられ,発展してきた.しかし,現在,人々の意識に変化が見られ,組織には所属せずに,自由にスポーツを楽しみたいと考える人々が増えている.
第二に,最近の健康志向の高まりにより,人々のスポーツへの関心が競技型からフィットネス・ファッション志向へと移行している.つまり,これまでクラブが提供してきた伝統的なスポーツ種目への人気が低迷している.
第三にスポーツクラブとは,住民の手によって育てられ,メンバーである住民によって成り立っている,コミュニティに強く根ざした組織である.特にボランティア役員(Ehrenamt)の果たしてきた役割は大きい.しかし,今日,名誉と誇りだけでは,役員を引き受ける人が減っており,クラブの運営に支障をきたすクラブが増えている.
第四に,ドイツのスポーツクラブは,法人的性格が強く,競争原理に欠けているため,近年の商業スポーツ施設の進出に押され気味である.
さらにバウルは,今日のドイツのスポーツクラブは社会との接点を失いかけていることによって,人々の「クラブ離れ」を招いてしまっていると結論づけている.
J・ムラゼック(Mrazek,1991)によれば,1960年代までほとんどのスポーツ活動は,スポーツクラブを中心に行われていたが,1980年代に急成長した商業スポーツ施設の進出や人々の価値観の変化によって,スポーツクラブが独占的地位を失ったと指摘している11).
また,ムラゼックはV・リットナー等(Rittner et.al.,1989)と共にこうしたクラブの危機的状況を乗り切るために,ノルトライン・ウェストファーレン州にあるクライス・ノイス市(人口約43万人)と提携し,生涯スポーツ振興のプロジェクト「Das Vier T殲en Modell(4つのドアモデル)」に取り組み,大きな成果を挙げている17).その一例を示せば,「市民スポーツ相談課」(Sportberatungsb殲o)とそれぞれのスポーツクラブをオンラインで結び,クラブ運営の軽減化を図るとともに,社会調査で得たデータ,たとえば,@組織に所属することを敬遠する傾向が進む中で,住民はスポーツクラブに対してどのような変化を求めているのか,A学校とスポーツクラブは今後どのような連携を図るべきか,B専門職員の再教育とボランティアの育成をどのような機関で行っていくべきか等々,有益な情報の提供を行っている.
これまでのわが国は,ドイツのスポーツをどちらかといえば一方的に,または憧れの対象として取り入れてきたが,これからは,ドイツのスポーツシステムが現在どんな問題を抱え,それをどのように解決しようとしているのか客観的な見方でとらえ,わが国の歴史的・社会的背景に照らし合わせた上で,取捨選択していく必要があると言えるだろう.
ここで確信を持って言えることは,今日の急激な社会変化の中で新たな変革を余儀なくされたドイツ以上に,わが国のスポーツが今,大きな転機を迎えていることに気づかねばならない.

【まとめ】
 「総合型地域スポーツクラブ」を基盤としたシステムへの再構築がわが国の生涯スポーツ振興の鍵を握っていることについて述べてきたが,こうしたスポーツクラブを全国各地に育成・定着させることによって,何を期待することができるのか,わが国の実状を鑑み,10のポイントを挙げてみた.
(1)これまでの学校中心,行政主導,単発的な一日行事型のシステムを見直し,地域社会のレベルでスポーツを展開すること,つまり,1中学校区程度に「総合型地域スポーツクラブ」をつくることによって,誰もが身近な地域において多様なスポーツを気軽に楽しむことができるようになる.
(2)わが国のスポーツ施設の半数以上を占める学校体育施設を地域の共有財産として活用することができる.また,学校運動部や指導者を学校といった枠の中に囲い込むのではなく,生涯スポーツを実現する基盤の中に位置づけ,地域全体で生かしていくといった共通の意識を持つことが大切である.
(3)地域のスポーツ振興の重要な担い手である地区体育協会や体育指導委員をクラブづくりのキーパーソンとして位置づけることによって,生きた団体,人材として有効に活用することができるようになる.
(4)人々の各ライフステージにおけるスポーツとのかかわりは,決して「より高く,より速く,より強く」といったオリンピック精神に色どられたスポーツだけではない.また,スポーツとは決して身体能力に秀でた人のためだけのものでもない.スポーツクラブを市民生活に溶け込ませるためには,スポーツを文化としとらえることが大切である.
(5)地域に埋もれている様々な技能を持った指導者を掘り起こし,人的資源を活用することが大切である.地元で生活する往年の名選手や現役のプロ選手が,子どもたちと同じグランドで練習していることが,自分たちのクラブに対しての誇りと愛着心を根づかせる.
(6)「総合型地域スポーツクラブ」を基盤とした生涯スポーツの推進を図る過程で,競技スポーツや生活の中のスポーツが盛んになることが望ましい.ただし,形ができればいいのではなく,地域住民が積極的に参加・入会したくなるような魅力あるクラブづくりを目指さなければならない.
(7)そのためには,本当に自分たちに必要なクラブづくりをすすめるため,地域住民はサービスの受け手であってはならない.あくまでも住民自らの手によってクラブを運営し,創りあげられねばならない.また,スポーツクラブはスポーツのクラブであると同時に地域社会のクラブであり,フリーマーケット,クリスマスパーティ,ボランティア活動,地域の伝統行事への参加など地域社会と深くかかわるところに意義がある.そうすることによって,単なるスポーツクラブを越えた,コミュニティとしての役割を持つことができる.
(8)法人格を取得することによって社会的な信用を得ると同時に地域社会に対する責任も生まれ,また地域と一体となることによって社会づくり,人づくりにつながる.
(9)行政を巻き込むことが大切である.行政には,こうした住民主体のスポーツクラブを支援し,低料金システム,公共性を維持するなどのバックアップ体制を担う責任がある.
(10)「スポーツクラブ」といった場合,そのイメージの描き方が人によって多種多彩である.したがって,この「総合型地域スポーツクラブ」を従来のスポーツクラブの延長として考えるのではなく,全く新しい概念であるといった共通理解が不可欠になってくる.教え,諭し,牽引する,リーダーシップの担い手が必要である.

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