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ふつうのサッカーファンの市民たちが、自ら産み出し、Jリーグに送り届けたプロサッカーチーム「横浜FC」。「チームがゲームを続けられるために、市民がチームを支えるスポーツクラブ」。それが日本で始めての「ソシオ制度」を採用した横浜FCの原点だ。
「観るために支える」ことから「サッカーをすること」へ。
サッカーへの熱い思いを入り口としたこの新しい市民ムーブメントは、全く斬新な「垂直統合型(タテ型)の総合スポーツクラブ」づくりの壮大な実験の場である。
主体的なボランティア、マネジメント実践――“走りながら考える”ソシオの活動・発想は日本のスポーツ文化を育てる一里塚として珠玉のメッセージでもある。
1.「市民(みんな)がつくる、市民(みんな)のクラブ」横浜FC
「企業の論理に左右されないプロチームをつくりたい」。横浜フリューゲルス消滅のやりきれない思いを背景に、FCバルセロナなど海外の事例に倣った「ソシオ」という会員制度に支えられるプロサッカーチームとして、横浜FCは99年春に誕生した。その設立趣旨に共感した日本サッカー協会は特例判断を示し、Jリーグ直下に位置する全国リーグ(JFL)に準会員としての参加を認めた。シーズン優勝を遂げ正会員となった2000年シーズンも2年連続優勝を果たしたことで、チームは2001年シーズンからJリーグ(J2)への参戦を認められるに至った。
横浜FCは全くのゼロから、数名のサポーターが「新たなスポーツ文化の創造を目指す」プロスポーツ運営会社「横浜フリエスポーツクラブ」を立ち上げることから始まった。母体企業を否定し、行政の支援も得られなかった彼らはソシオ制度を提唱、「市民が支え、市民が育てる」というスポーツクラブの理想像を掲げ、地域コミュニティの核となるクラブづくりをめざすこととなったのだ。
横浜FCはもちろんプロサッカーチームだ。「チームの主役」は当然、プロ契約の選手たち、元ドイツ・プロ選手の奥寺ゼネラルマネジャー(現在兼社長)、そして元日本代表永井監督たちに違いない。だが実際、この「クラブの主役」は、横浜FCを財政面、運営面で支える「ソシオ・フリエスタ」という任意団体だ。サッカーを愛するソシオ会員の意欲こそが、このクラブの実体を作ってきているからである。
2.チームを支える“誇りと喜び”ソシオ制度
チーム発足とともにスタートした「ソシオ制度」とは何か。
現在、個人正会員の年会費は3万円。しかし観戦券は別である。与えられる特別な特典など何もない。あるのはチームを支える“誇りと喜び”だけ。会員選挙でえらばれた理事会が中心になり、規約に基づき運営がなされる任意団体である。
その会員数は発足時の2千人から2年目には3千人を超えた。チームの財政面から見れば、運営会社の年間予算の3割近くを担う最大スポンサーである。と同時に、「クラブ運営への参画を行う」主体者なのである。運営への参画という姿勢はある意味では必然から生まれたものであったとともに、その必然こそが「ソシオ」を“割高なファンクラブ”にせず、サッカーを通じてスポーツ文化を育てようとする原動力となっている。そしてこのプロサッカーチームが市民クラブと呼べるゆえんは、ソシオ会員たちの「自律的なボランティア」にこそある。
3.“ショウ・マスト・ゴー・オン”の緊迫感
「必要は発明の母」という言葉さながらにソシオの場合、「試合(興行)はボランティアの母」である。
チームが出来て2千名のソシオ会員が集まった。これだけでも奇跡的な幸運に違いない。しかしソシオ会員の観戦だけでは赤字が生まれる。運営会社には最低限の機能しかない。そうした中から半ば自然発生的にビラ配り、ポスティングといった「広報活動」ボランティアが生まれてきた。財政にゆとりのないチームだから試合運営費も切りつめたい。運営会社側の要請に応じるかたちで「ゲームサポート」ボランティアが組織化されて来た。チケットの窓口販売、もぎり、会場での誘導…。実はこれほどクラブに献身的なボランティアはない。説明するまでもない。愛するチームのゲームが見られないのだ。もちろんゲーム・ローテーションを敷いたり、シェアリングの工夫は始まっている。しかしこのボランティアに志願する会員は、「ゲームを見ること以上に、クラブがあること・ゲームを支えること」に自身の活動意義を見出している。だから成立している。
もしこれが「自らがスポーツをする」アマチュアクラブであれば、こうしたボランティアの必然性などそもそもないはずだ。興行はシーズン中、毎週末のようにやってくる。意欲あるソシオの一人ひとりが「自分の出来る時間」を割いてこのような活動に自発的に従事し続けている。演劇流に言えば、まさに“ショウ・マスト・ゴー・オン”だ。その意識は「チームのファン、サポーターとして手伝う」という受身ではない「クラブ運営への主体的参画」というレベルの行動である。
4.「汗と知恵」でソシオが動き、チームを支える
ソシオはボランティアという言葉をひどく嫌う。現在では「ソシオスタッフ」と呼んでいる。ボランティアが感覚的に手あかがついた言葉だという側面もあるが、それ以上に会員である自身の活動が「他者を助ける」のではなく、決して失いたくない、しっかりと育てたい「自分の夢を支える」ことだからだ。
「自分の夢のために、運営に参画していく」という姿勢はまた、ソシオにマネジメント思考、戦略的思考を育んでいる。
それは、ソシオの始動期からみられた特徴だ。「サポーター達に何が出来るのか」という懐疑的な視線も社会には広くある。だからこそ「しっかりとした組織と認められなければソシオ会員も増えはしない」。筆者(梅本)も加わったソシオの「規約検討委員会」は、会員から規約原案を募集し、公開検討会を開催、会員への郵送確認を経て規約草案作成の権限を有する委員会をセットアップしてきた。それに基づき規約承認の設立総会を開催、選挙で第1期役員(理事会)を発足させたのは規約検討委員会発足からわずか2ヶ月後のことだった。理事会が発足してもソシオという団体には、次々と知恵を問われる課題が生まれてくる。運営会社との協定書づくり、地域社会との交流を図る企画づくり、集客を高めるキャンペーン、ほっとする間のない刺激的な主体的な活動が続くのがソシオの特徴である。
5.“大人の部活動”−走りながら、考える、自在性の場−
しかしそのような切迫感だけがソシオの活力ではない。「ソシオ・フリエスタ」の命名者でもある数源一郎氏(第三期理事長)の言葉を借りるならば、ソシオというのは顧問の先生が不在の“大人の部活動”なのである。 「会員組織なのだから、会報も必要だ」、「地域の商店街や町内会との交流が必要だ」。そうした課題を唱えた会員、本人自身が始めなければ何も生まれない、実現できない。
逆に言えば、「言い出したら、自分がリードできる」。その自在性を会員が自己責任で推進していく。
もちろんこれは横浜という都市を中核とし、3千人の会員という規模の力に起因していることも否定できない。大企業の社員数にも匹敵する会員の粒違いの能力や知恵のポテンシャルが、このメカニズムを可能にしている。
だが、その一方でこうしたソシオのたくましい自立性は、脆弱な運営会社の経営能力にとっては両刃の剣でもある。運営会社とソシオの関係は必ずしもしっくりいくとは限らない。実際、Jリーグ入りの時期に会社の経営の情報公開等をめぐる内紛も経験した。今後もそうしたことは続くかもしれない。
むしろそうした軋轢を経営的にも、市民参画という面でも質的に高めていく、経験、社会実験だと捉え、乗り切っていく気概が求められるはずだ。
6.「ゲームチューターサービス」という世代交流の場
プロサッカークラブを支えるソシオは、経済主体の側面も強い。多くの観客を集めることは最大の使命だ。原資のないソシオは、「金のかからない知恵を生み出す装置」でもある。
その代表例が「ゲームチューターサービス」だ。サッカーを愛するソシオの中にサッカーをプレイして来た人、審判資格を持つ人も多い。その一方で横浜には、サッカーにはさほど興味はないが、若い世代の市民ムーブメントを応援したい中高年も決して少なくない。ゲームチューターというサービスは、これらをつなぐ企画として、初年度の集客戦略づくりの中から生まれた。老人がサッカーを観戦しながら、初対面のサッカー通の若者と会話を交わしていく。そこでは都市で再生が求められる地域社会での世代交流のきっかけとリピーターの獲得、サッカー文化の裾野拡大がささやかながらも育っていく。
こうした企画の開発は、まさにソシオの主体性と自在性があってこそである。
7.「みる・する・ささえる」総合スポーツクラブへ
こうしてソシオ会員のボランティア活動をみていくと、その活動は多分にプロチームを支えることに偏っている。しかしそうしたなかで、ソシオの中に「サッカーをする」裾野が大きく育っている事実は重要だ。初年度の荒波を乗り越え、昨春ソシオははじめて公式フットサル大会を会員有志が企画・運営し開催した。
30以上のチームが参加し、奥寺ゼネラルマネジャーが加わるチームもある。スポンサー社員のチームもある。筆者など幼児を抱えた親たちでつくる、「ベビーシッターズ」というとても弱そうなチームも参加した。そこに集まったのは、ただJリーグチームを観戦するのが好きなサポーター、ファンの顔ではない。自らもボールを蹴るのが当たり前と思うはつらつとした会員の顔である。
クラブのトップはJリーグで日本の最高水準をめざす。既存のサッカークラブと提携し、ジュニアユースを市内各地に育成するプログラムもスタートした。そして自らも、サッカーをする楽しみを覚えつつある。横浜FCは特殊なかたちでの「総合スポーツクラブ」づくりをめざす実験なのだと確信できる。
広域で多様なスポーツ競技の参画選択性を備える「総合型地域スポーツクラブ」は、住民と行政が協力して創る社会基盤である。その一方で、自らが愛する競技スポーツのプロチームを支え、自らも「クラブ」の一員としてそのスポーツを行っていく。
そうした「みる・する・ささえる」の垂直統合的な総合性をめざす市民主体型のスポーツクラブの道もあり得る。スポーツクラブを育てていく多様な可能性として、「ソシオ・フリエスタ」の行方を一人でも多くのスポーツ関心者に見守っていただきたい。
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