慣習行動 pratique(18)
人間の日常的な行動は、ときに無意識の中で反射的になされることもあれば、計画に従って沈着冷静に、理路整然と行われることもある。しかしほとんどの日常的行動たとえば政治・宗教活動、食事、会話、趣味、スポーツなどのような日常的慣習にしたがって引き起こされる大多数の行動はそのいずれでもなく、ある種の感覚によって無反省的に導かれる。この日常的な行動を、慣習行動(プラチック)と呼ぶ。
慣習行動とは、無意識でもなく意識的でもない行動であり、また、まったく無原則的になされるのでもなければ、規則に従って行動することでも、合理的計算に従って行動するのでもない。すべての行動は目的との関係によって方向づけられているが、必ずしも目的に直接導かれているとは限らない。「ゲームのセンス」すなわち、経験によって獲得さ れ、時と場合によって変わり、無数の状況に適応した無数の「手」を生み出す感覚に導かれてして行動するのである。
ブルデューは、ともに「実践」を意味する「プラチック pratique 」と「プラクティスpractice(praxis)」と区別して用い、プラクティスは多くの場合、マルクス主義における理論theoryに対する「実践」を意味する言葉であるとする。(19)一般には「言葉に行動が伴わない」というときの、「言葉」に対する「行動」を意味する言葉である。慣習行動 は、こうした理論(言葉)との特殊なた関係を持たず、にもかかわらず一定の「やり方」を持つ行動を示す概念である。