社会的世界monde sociale (22)


 社会的空間は行為者の客観的位置と距離から構成されているものであるが、社会的世 界とは、われわれが自明のものとして知覚される、いわゆる「社会」そのもののことである。われわれの身体から隔絶した社会的社会をわれわれが馴染んだものとして、ドクサ (憶見)的に把握されるのは、実は、社会的世界を把握する心的諸構造自体が、社会的諸構造の内面化の産物であるからだとする。(23)たとえば、普通の生徒が学校で行われるさまざまなことを当たり前だと感じているのは、事実を知覚する器官そのものが、学校によって形成されたからである。
 われわれは、社会的世界に社会的空間を重ね合わせ、いわば社会的世界と社会的空間を混同することによって、客観的事物を偏見の目で見るようになる。いわば社会的空間は、社会的世界に散在する物事を反射的に認識し、判断する「早見表」のように機能するのである。これによって、あるときは「勘が鋭」き、また「早合点」したり「偏見」で見たりすることになる。社会化されたわれわれが事物を客観的に認識するためには、この早見表のしくみを分析し、知覚された現象から社会的価値を差し引かねばならない。