行為者 agent
慣習行動を行う者を行為者と呼ぶ。たとえば、進路を選択する生徒や子どものために学校を選択する親は、社会が彼らに投げ与える諸力に機械的に従って、原因に隷従して行動するような粒子ではない。かといってすべてを理解した上で行動するような、意識的で知的な主体でもない。こうした行動をする者が行為者である。
ブルデューは、行為者と「主体subjet」とを意図的に分けて使っている。主体とは、反省的意識によって、自分の行動を制御することのできる行為者である。近代社会は民衆に主体として成長するように要請しているが、実際、反省的意識のみによって行動できる人間は稀有であり、主体的行動も稀にしか見ることはできないものである。
重要なのは、行為者を単なる「個人」と解していない点である。ブルデューにとって、個人は生物学的に見た場合のみ個体であり、その意味から敢えて「生物学的個人」と呼んでいる。行為者の行動を引き起こす性向(ハビトゥス)は、徹底的に後天的に社会によって刻みつけられたものなのであり、「社会化された身体」は、社会と不可分であるとす る。(24)行為者たちは、縦方向に資本量の総量にしたがって並び、横軸に資本の構造つまり全体量の中で経済資本と文化資本の比重の質で分布する。