電脳空間における新しい学びのネットワーク

    −フォーラム、パティオ、チャット、メールニュース、メーリングリスト−

                   教育学部  西内 裕一

 

 はじめに

 

 かつて、イリイチはいった。
 監獄や病院のメタファーで語られる学校での「学び」に取って代わるものは「新しい学びのネットワーク」である、と。
 イリイチがこのように提起したとき、それを実現するだけの社会的環境が整っておらず、現実のものとはなり得ないと考えられた。
 しかし、今やパーソナル・コンピュータの普及で、「電脳空間」の中に、新しい「市民」の学びの場が、まさにネットワークというかたちで創り上げられつつある。
 イリイチのいったことが実現するのか、はたまたまったく似ても似つかないものとなってしまうのか、われわれは今まさに、その岐路に立たされつつある。
 この小さなレポートは、今起こりつつある「電脳空間の中での市民の新しい学び」という動きを管見し点描することにある。

 1.フォーラムについて

 ニフティやPC-VANといった、大手のパソコン通信サービスにおいては、ある特定のテーマについて発言をしていく「フォーラム」というものが設けられている。これはパソコン通信が始まった当初からつくられているものである。
 一つのフォーラムの中には、掲示板があり、いくつかの会議室がある。
たとえば、FKYOIKUS というフォーラムの中に、「社会科の部屋」「授業づくりの部屋」などという会議室があって、そこに自分の考えや意見、実践の事実、研究会のようすなど、自由に書き込める。一例を示すと、

 こんにちは、○○です。
 授業で宗教のことを扱いたいのですが。
 どういった内容を、どういったやり方で教えたらいいのか、悩んでいます。
 これといった内容、こういう方法があるよ、というの教えてください。

というようなアップがあると、それに対して、

 ○○さん、こんばんは。△△です。
 以前私は、中学校で「世界の3大宗教」というかたちで実践しました。方法としては、世界地図に塗り分けるところから入り、・・・

というものとか、

 ○○さん、どうもです。□□です。
 高校の倫理で、教えました。内容は、「信仰と教団」「大宗教と新興宗教」です。オウムのことも、扱いました。やり方は、まず何らかの信仰を持っている生徒に、生活の中で信仰がどのような役割を果たしているのか、話してもらいました。そこからそれぞれの教団の話につなげて、教義の概略を話しました。特に新興宗教についても、いろいろ調べさせたりしながら、授業にしていきました。
 けっこう楽しかったです。

 といったようなレス(レスポンスの略)がいくつもつく。
 また、そのレスにさらにレスがいくつかついたりするので、どんどんツリー状になっていくことになる。
 この中で、声明・御詠歌といった仏教音楽の問題とか、バリ島のケチャックが観光用になってることとか、新しい豊かな情報が提示されてくる。
 場合によっては、軽い論争になることもあるが、多くの人たちの目があるところなので、生産性が損なわれることはまずないといえる。
 レスの付けあいによる学習は、こういう感じで進んでいくため、多くの人たちを巻き込んでいく。そこでは、議論のしかたによって、きわめて生産性の高いものとなることは、例が示すとおりである。

 2.パティオについて

 前記のフォーラムが、パソコン通信のメンバー全部に開かれたものであるのに対して、「パティオ」というのは、特定のメンバーだけによる会議室のようなものである。
 会議室では、誰が読んでもいいようなかたちで発言をし、議論をしていかなければならないのに対し、パティオではメンバーが限られているので、いっそう踏み込んだ議論やプライバシーに関わること、公開をはばかるようなことでも発言し議論することができる。
 たとえば、パティオの一つである「全生研オンライン・サークル」では、次のようなやりとりがなされている。
 ・中学生のバタフライナイフ使用による女性教諭の殺傷事件について、その動機、直接の原因をめぐっての意見
 ・中学生の置かれている状況
 ・マスコミの影響によるナイフ所持の問題
 ・小・中学生一般に「キレる」こととそれへの対応のむつかしさ
 こういったことが5,6人によって意見交換されてゆき、何十人もの人が読んでゆく。
 パソコン通信の参加者が誰でも発言できるフォーラムのような広がりはないかもしれないが、パティオでは議論が拡散することもなく、つよい信頼関係の元で生産的な「対話」ができる可能性がフォーラム以上に大きい。

 3.チャットについて

 この最大の特徴は、リアルタイムで議論が進んでいくことである。
 下手をすると単なるおしゃべりになってしまうが、うまくやるとびっくりするぐらい議論が進んでゆく。ニフティのフォーラムが主催するチャットなど、会員制のものもあるが、まったく自由に参加できる「ぷらちなweb 」のフリーチャットルームなどがある。
 これらも、とにかくすぐにリアクションがあるので、使い方次第ではとても豊かな学習の場になると思われる。

 4.メールマガジンについて

 マガジンの購読を申し込むと、メールのかたちでマガジンが配布される。有料のものもあるが主流は無料で配布されるものである。
 ここでは、「Internet Now」と、「行政・政治・団体更新情報」を取り上げる。
 「Internet Now」は、パソコンのハード・ソフトに関わる情報、インターネットに関わる情報、ホームページの更新、プレゼントに関わる情報など盛りだくさんであり、特別の期間(年末年始、サーバーのメンテナンス時)をのぞいて毎日配信される。何人かのスタッフで記事がつくられており、けっこう面白いものが多い。
 「行政・政治・団体更新情報」は、ほぼ毎日、中央官庁、政党等の政治団体、経済団体などのホームページの更新情報を通知してくれるものであり、これはきわめて利用価値の高い便利なものである。中教審・教課審教養審などでの審議のようす、答申などもホームページが更新されるごとに教えてくれる。個人でやられているものであり、本当に頭が下がる思いがする。

 5.メーリングリストについて

 いちばん「学びの場」としての可能性を秘めていると思われるのが、「メーリングリスト」である。 ここでは教育に関わるもの(「Mylife」)、子育てに関わるもの(「KAGAYAKI」)、パソコンに関わるもの(Cat=「ねこマガメーリングリスト」)について、少しだけふれる。 「Mylife」では、小学校教師である塩崎義明氏が管理人となり、その規約に賛同するものがメンバーとなっている。メンバーの中には大学、高校、中学校、小学校の教師、社会人、主婦、主夫(?)、大学生、高校生がいる。パソコン、メーラーに関わることも少しはでるが、大部分は教育に関わる話題である。外で遊ぶこと、子どもの夏期学校について、男らしさ、女らしさ、子どもらしさの「らしさ」について、神戸の小学生殺害事件についてなど、けっこうしっかりとした議論、意見の交換がなされている。
 「KAGAYAKI」では、主として学齢期前の子どもを持つお母さんが、子育ての中でふと考えたこと、疑問に思っていること、悩んでいることなどをうんと気楽にアップし、それに対する暖かいレスがいっぱいくっついてくる、とてもアットホームなメーリングリストである。ここでまなんだり、意見をもらったりしたことがすぐに自分の子育てにも役立つものであり、すばらしいメーリングリストの一つであろう。
 パソコン、とくにウインドウズの初心者にとって、きわめて豊かな学習ができるメーリングリストが「Cat=ねこマガメーリングリスト」である。
 ここでは、「○○について教えてください」とか「□□のやり方がわかりません」とか、初心者であれば必ずつまずくようなところ、マニュアルでは分からない点などについて、「わからない」「教えて」というのがきわめて気楽にアップできるメーリングリストである。回答もとても親切で、ていねいで、みんな暖かく受け入れてくれる雰囲気を持っている。「これこれをこういう風にしてみてください」「設定のここを、こういう風にしてみたらどうですか」「これはよくわからないので、よくわかる人お願いします」とか、いずれも優しく親身になってレスをつけてくれる。ここでは、下手なパソコン教室やメーカーのサポートよりも多くのことが学べるものになっているのである。

 6.おわりに  −−電脳空間における学びのネットワークの可能性

 イリイチの「脱学校論」は、その問題提起が大きなインパクトを与えたにもかかわらず、「自由な学びのネットワーク」を具体化する方策が示されていなかったため、現実を変えるものとはならなかった。
 しかし、電脳空間に新たな「学びのネットワーク」ができつつある今、その先見性は、あらためて評価される必要がある。
 「学校」にとらわれない、自由な「市民」としての「学び」の場が、まず電脳空間の中に形成され、そしてそこから外へ流れ出してくる−−このようになることを期待し切望するのは楽天的すぎるだろうか。


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