自由研究発表

第2分科会 W 生活指導におけるエンパワーメントの意義

──「虐待的関係性」の中で「問題行動」を示す子どものエンパワーメント───

 

   発 表 者     比嘉 弘明 (福岡教育大学大学院研究生)

コメンテーター   白石 淑江 (同朋大学 健康教育)

司 会 者     西内 裕一 (福島大学 教育学)

 

 本研究は、おとなによる「力の誤用・濫用」によってディスエンパワーされ、世界との繋がりを断たれる中で自分自身を大事にするセルフ・エスティームが欠如していく関係性を「虐待的関係性」と名付けている。そしてその中でこころとからだの主体性を奪われ「問題行動」を示す子どもに対して、その「虐待的関係性」から離れて相互的な関係性を築いていくプロセスを援助・指導するエンパワーメントのプロセスを2段階に整理し、問題提起をしているものである。
 はじめに、比嘉は、エンパワーメントを「自らの意志や感情を決定し、行使する権利(right)を剥奪され無力化(disempower)させられた人々が、社会参加のプロセスを通じてセルフ・エスティーム(自尊感情)を中核としたさまざまな力(power)を獲得する一連のプロセス」と定義している。それは「相互関係性の再構築を通じて力を獲得するプロセス」であり、運動に参加していく中で「自らに生きる力を付与していくプロセス」であるとしている。
 この点について、「社会参加のプロセスを通じて」というのは開かれたイメージがあるが、わかってもらえる他者との関係で癒されるといういわば「閉ざされた社会」の中でという観点との関わりはどうなのかという質問が出された。このことについては、2段階のプロセスの中で、一定の解決がなされているという回答がなされた。
 比嘉は、「エンパワーメントにおける2段階プロセス」として、(1)「相互的な関係性の創造と〈相互主体〉としての自己確立」の段階と、(2)「〈協同主体〉と社会的アイデンティティの確立」の段階を提起した。
 そして(1)の段階では、支配・抑圧的な内的対象関係を相互的なものへと組み換えることが課題となり、それによって個としての人格を尊重する他者を内面に取り入れていくことができると論じている。それは自己に内在する権力的な関係、内なる支配的他者からの解放であり、自己受容できる力の獲得でもある。
 ここでは、そのためのセルフヘルプ・グループの中で癒し癒される関係をつくっていくときに、それが安全な場となるかパワーゲームの場となるかの分かれ目となるのは、権力の行使の仕方であり、おだやかな権力の行使が必要なのではないかという意見が出された。
 (2)の段階では、自分自身をこのような状況に追い込んできた社会的状況に対して能動的に働きかけ変革する〈協同主体〉としての自己を確立し、社会的アイデンティティを確立することが課題となると論じている。
 そのためには現実吟味力と自己の内的世界の問題を社会に向けて発信・提起していく力を獲得していくことが重要な課題であるとするが、具体的にはどのようなすじみちと手だてが考えられるのか、そのあたりの提起も必要であると思われる。
 「子どもへの生活指導への示唆」では、「いじめ」を例に、「エンパワーメントにおける2段階プロセス」が生活指導実践を読み開いていく有力な手段となることが示唆された。
 たとえば相互主体性を目指してインフォーマル・グループへの指導をまず行い、次第に共同主体性を目指してのフォーマル・グループへと指導の重点を移していくことの意味が明らかになるのである。
 全体に関わって、エリクソンの「環境への信頼」→「環境を動かしている自分への信頼」→「セルフ・エスティーム」と、ハーマンの3段階との関わりはどのように考えたらよいのか。そしてそれらとの関係で比嘉の提起する2段階の持つ意味を明確にする必要があるという意見が出された。
 また、2段階としてとらえるのがよいのか、スパイラルな構造の中で、2つの契機としてとらえた方がよいのかという問題も出された。
 コメンテーターからは、森田ゆりの「エンパワーメント」概念が紹介され、「子どもの虐待防止ネットワーク」の動き、保育の中での虐待問題などが紹介され、養護施設の子どもの例をひきながら、containingの大切さ(子どもの心的外傷の場合、保護とケアが必要であり、その具体的内実を問うことが大切であること)が提起された。
 最後に、虐待をうけて行動化していく子どもに対しては、トータルな指導・援助が必要であること、治療的援助と教育的援助を実践の中でどのように統一していくのかが、生活指導実践の課題であることが改めて確認された。

 (文責 西内 裕一 敬称略)

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