その49 ■ズルしてまで勝ちたい?

 数年前の国体に出た時のことです.3位決定戦で地元チームと対戦し,1セット目を私たちが獲り,2セット目序盤,前回書いた日本オランダ戦と同じように,50センチも外れた地元チームのスパイクを「イン」とジャッジされました.しかもそのときジャッジしていたのは地元の高校生です.彼らは私たちの抗議にも顔色ひとつ変えませんでした.おそらく国体に向けて「そのような」教育を受けてきたのでしょう.だから決して彼らが悪いのではありません.むしろ彼らは被害者です.人生これからという少年に「アウトでもインとジャッジしろ!」と教育したのは誰でしょうか?でもそれを教えた指導者も被害者です.おそらく心はとても痛んだでしょうが,国体は何が何でも地元が勝たなければ(勝たせなければ)というプレッシャーが指導者にそういう教育を強制したのでしょう.そう考えると前回の日本オランダ戦のラインジャッジをした審判にも,どこからかそういう裏の力が働いていたのかもしれません.自分の審判としてのプライドはあったでしょうに,それを曲げてジャッジしなければならないという状況下,彼の心の葛藤はどんなだったでしょう?そしてオランダチームはもとより,日本の観客にも「アウトだよねー」という目で見られ,それでも最後までジャッジし続けなければならなかった彼にも同情しちゃいます.でも私が同情しちゃうのは,あくまでも彼らが罪悪感を感じているだろうと信じているからなんですが,一方で一向に罪悪感を感じない人もおそらくいますよね.「ワンタッチしていてもとりあえずアウト(ノー)とアピールしろ」(バレー),「自分でボールを外に出したと分かっていてもとりあえずマイボールとアピールしろ」(バスケ、サッカー),「審判をごまかすのも技術のうちだ」なんて指導を平気でしている指導者も少なからずいることでしょう.これってどうでしょうか?「きれい事では勝負は勝てない」なんて言う人もいますが、少なくとも小、中、高校生はそんな技術を身につける前にやることがたくさんあるだろ!と思うし、そんな姑息な事をしてまで勝つ意味は彼らに果たしてあるのかと思いませんか?(あれっ、なんかすごい真面目に書いちゃいましたけど、つまんなかったですか?ま、たまにはいいですよね、すぐに戻りますから・・) 

▼その50 自分で自分をごまかせない