その60 ■子ザルの満足・・

 「一度でいいからバナナをおなかいっぱい食べてみたいのです。」と言う子ザルに、魔法使いが「よし叶えてやる」と魔法の杖でトンと突き、あっという間に子ザルの胃袋をバナナでおなかいっぱいにしてあげました。でも満腹になった当の子ザルは「そういうことじゃなくて・・」。これは「だんご3兄弟」の作者でもある佐藤雅彦さんの書いた本「プチ哲学」の中で私が好きな「結果と過程」という一節なんですが、つまり子ザルはおなかいっぱいという結果を求めていたわけではなくて、「おなかいっぱいになるまで思いっきり食べる」という過程を求めていたんですね。「結果より過程」、これは日常生活でもスポーツでも何でも「楽しむ」ことであればおそらく全てに当てはまる事なんじゃないかと思うわけです。例えば「山に登りたい」という人の欲求の中には確かに「山頂から景色を眺めたい」という部分も少なからずあると思うんですが、だからといってその人をヘリにでも乗せて一気に山頂に連れてって「ハイどうぞ!」って言ってもおそらく子ザルと同じ事を言うんじゃないでしょうか?つまり山登りが好きな人はもちろん山頂を目指すわけですが、登り始めてから山頂に辿り着くまで、まさに山を登っていくという過程自体を楽しんでいるんですよね。そしてその結果として山頂に辿り着いたということに満足感を得ているのではないでしょうか?競技スポーツではとりあえずみんな勝利を目指すわけですが、「勝たなければ意味がない!」「何が何でも勝つ!」と結果だけを求めてしまうとキリがなく、当然苦しくなって楽しくなくなってしまう(しかも優勝者以外はどこかで必ず負け、目的は達成されない)のはもちろんのこと、先程の子ザルのようにあまりにも簡単に結果(のみ)を得たとしてもやっぱり楽しくない(満足を得られない)ということに気づかされることでしょう。だって「金(メダル)がいいですぅ!」という選手に「はい、じゃあ金メダル」ってあげても喜ばないでしょ?(当たり前?)つまり一般に結果重視と言われる競技スポーツであっても、その結果を追い求める過程が楽しいからこそやっているということを忘れちゃいけないと思うわけです。だからパチンコだって競馬だって何だって、たとえ求める結果を得られる確率は低くても懲りずにまたチャレンジしちゃうわけでしょ(どれも私はやらないのであくまで想像ですが・・)。えっ?必ず出るパチンコ台や賭けた馬が必ず勝つ競馬場だったらそれはそれですっごく楽しいって?うーん、確かに最初はうまくいってばかりで楽しいかも知れないけどずっとその楽しさは続くと思いますか?たとえ楽しいと思えたとしても、すでにそれは本来のパチンコや競馬(の楽しさ)ではなくなってますよね。(あっ、ホントにどれも私はやらないのであくまで想像なんですが・・)

▼その61 カゴと信号機・・