その91 ■ポテトのカレー煮・・

 大学の食堂でおかずを選んでいたら、「ポテトのカレー煮」というメニューがあり、その隣に肉ジャガが並んであったので、「おっ!ジャガイモ料理の和洋、いやカレーだから和印対決か、どっちにしようかな?と悩んだ挙げ句(ってほど考えてないですけど)、今日は新メニューのカレー煮にしてみよう!と印度側に軍配をあげ食べ始めました。「おっ、なかなか美味いじゃん!まあジャガイモがカレー粉と合うのは当たり前と言えば当たり前か、どれどれその他の具は?・・肉にタマネギ、ニンジンもあるな、みんなカレーと相性のいい具ばっかり・・・あ、あれっ?・・っておい!これってカレーのルーそのまんまじゃん!」と、思わず一人でボケ&ツッコミしちゃうまでは見事に食堂のオバ、いや女性スタッフの方々にダマされ?てました。いや、でも嘘じゃないですよね、「ポテトのカレー煮」は確かに正しい。あまりに見事に一本取られたので、ちょっと嬉しいくらいです。だってお陰でカレーの新たな見方を発見出来たんですから・・。つまりカレー全体から見ればそれぞれの具は単なるカレーの構成要素なんですが、ポテトの立場から見れば「ポテトのカレー煮」だし、ニンジンから見れば「ニンジンのカレー煮」、肉から見れば・・云々と、それぞれの素材を中心に見る見方があり得るわけです。え?カレーごときに何をそんな大発見のように語ってるのかって?でもこれってスポーツ世界と一緒ですよね。例えばスポーツチームからすると選手はチームを構成する素材に過ぎませんが、それぞれの選手から見れば「自分はこのチームで一生懸命頑張る!」と、つまり自分が中心ですよね。スポーツ種目と個人の関係だって、例えばバレーボールにとって私は何千万人いる(?)バレーボールプレイヤーの中の一人に過ぎませんが、私にとっては「私にとってバレーは・・」と主従が逆転します。ま、当たり前なんですが、でも少なくとも私はカレーについてはそれぞれの具から見る見方が全く出来ていなかった・・と言わざるを得ません(ってほど深刻じゃないんですが・・)。カレーにしたってチームにしたってスポーツ全体にしたって、個々がその中で(主体性を持ちながら)しっかり頑張って参加しているからこそ全体が成り立っているという視点を忘れてはいけませんよね。よく、チームが強くなって部員が増えたりすると、どんどんチーム中心になってチーム側の発想だけで選手を取っ替え引っ替えしてみたり、チームの勝利のために故障するまでこき使ったり、チームの論理ばっかりで聞く耳を持たない等々、選手一人一人の視点に立つことが出来なくなるチームや監督がいますよね。選手個人を勝つためのコマとしか思っていない。だからそうならないためにも、たかがカレーと言えどもいつでも個の視点から見れるようになりたいものです。そして具たちがそれぞれしっかり自分の存在(味や形、色、食感など)を主張しながらみんなカレー色、カレー味に染まることで調和し、全体としてのカレーが美味しくなるのではないでしょうか?ほら、カレーだってあんまり煮込み過ぎるとそれぞれの具がルーに溶け込んじゃって、一体何が入っていたんだか分かんなくなっちゃうでしょ!・・え?その方が美味いって?そういや確かに!・・えー、つまりあれはチーム(鍋)の中で個(具)をぶつけ合ってとことん(コトコト)練習を突き(煮)つめた結果として出来上がる、チーム(カレー)が完全に一つになった(もう具を分けられない)究極の姿なんです。・・って事でご勘弁を!・・あ、カレーの事書いてたらお腹空いてきた。トンカツ定食、もとい、生キャベツの千切りトンカツ添え定食でも食べに行こっと!

▼その92 作品より商品・・