この間テレビ番組の中で茶碗などを作る焼き物職人にインタビューしてる場面があって、聞き手が最後に「どうもありがとうございました。これからも素晴らしい作品を作って下さい。」とまとめようとしたら、「作品?私が作ってるのは作品ではなく商品だ。飾られて使われない物ではなく、実際に使うために買ってもらい、生活の役に立つ物を作っているつもりだ。」と鋭く切り返して聞き手を慌てさせていました。「作品より商品」かぁ!実にいい言葉ですよね。知名度や芸術性が高く値段も高い作品の茶碗は鑑賞用やインテリアとして戸棚の最上段や床の間に飾られることはあっても使われることはほとんどないでしょう。下手すると何かの特別催事用として大事にタンスや押入の一番奥にしまわれ、ほとんど日の目を見ないということにもなりかねません。一方、日常生活必需品としての茶碗は見た目はもちろんですが、値段、使いやすさなど茶碗本来の機能から総合的に評価されて売られていき、他の茶碗と重ねられたりゴシゴシこすられたり落とされてキズが付いたりしながら買った人の日常生活を支えていく(大げさ?)わけです。待遇はなんか王様と一般庶民くらい違いますが、茶碗として果たしてどっちが幸せなんでしょう?茶碗の人生、いや碗生を全うするという意味ではやはり茶碗としてトコトン使われた方が幸せなんじゃないでしょうか?読者の皆さんだって今度生まれてくるときに、皇室に生まれるのと一般家庭に生まれるのとどっちがいい?って神様に言われたらおそらく一般家庭って答えるんじゃないですか?大切に守られて注目されるより、多少大変な事があってもやっぱり自由に思いっきり人生を味わいたいですよね。そういえば以前ある有名な芸術家が作った「座ることを拒否するイス」って名前の、確かにどうみても座れなさそうな作品が紹介されていたんだけど、座ってもらうのがイスの使命なのにそれを拒否したらその時点でイスじゃないだろっ!とつっこみたくなります。でも私たちの日常でも高価な物を手に入れたりすると大切に思うあまりいつまでも使えなくて結局無駄にしてしまうことってありません?私は新潟の友人に八海山(銘酒)をもらって大事にとっておいた結果、気がついた時には賞味期限をとっくに過ぎてました。ブランド物のバッグだって高価な○○焼きのお皿だって本来は使ってもらうために作られた商品であるハズ。多少キズが付こうが思いっきり使ってやった方が味が出るというもんではないでしょうか?そういえば買ったけどほとんど使ってない物って結構あるなぁ。服もちょくちょく買うけど結局気に入ってる数着を繰り返し着てるだけだし・・。(実は会社組織も同じで、全社員の中で本当に会社の役に立ってる社員は2割くらいだそうです。その2割の社員が会社の8割の仕事をしてる、これを2:8の法則と言うそうですが、この法則は私のタンスを始め、いろんな事に当てはまりそうですよね)私は一応(?)大学の先生やってますが、大学の先生という職業も「ちょっとステイタスがあり偉そうだけど実際の社会にはなかなか役に立たない存在」という、作品と似たイメージで捉えられる傾向がありそうなので、是非皆さんにこき使ってもらえる「商品助教授」目指して頑張っていきたいと、独立行政法人化を前に決意を明らかにする今日この頃です。・・でも哲学っていかにも役立たなさそうな印象あるからなぁ。せめて身近な話題から考察するこの発想辞典だけでも商品価値を持てるように更新頑張ります!・・って一ヶ月ぶりじゃ説得力無いか。 |