その98 ■世界のスポーツ人口がもし100人だったら・・

 「世界がもし100人の村だったら」という本が売れている(そしてその本の評価も分かれていてインターネット上でいろいろ意見交換されています)ようですが、その本自体の賛否はともかくとして、60億人いる世界の人々を100人に換算(つまり%換算)することで自分が地球人全体の中でどんな立場、状態で暮らしているのかが分かりやすくなる、というアイディアは面白いですよね。またもう一つのメリットは、世界を100人の村にすることによって遠く離れた世界の人々を同じ村人として、つまり同じ仲間として意識できるという点です。「人数が少なくなると仲間意識が強くなる」、これを私は最近、マイナースポーツ化の一途を辿るバレーボールで切実に感じています。県大会に出場してくる一般クラブチームの人たちが、ちょっと出っ張ったお腹を気にもせず楽しそうにバレーしているのを見ると、「ずっとバレーを愛してくれてありがとう。これからも末永くバレーをよろしく」と思っちゃうし、中学生(特に男子)のバレー部員を見ると「このサッカー全盛の時代によくバレーボールを選んでくれたなぁ。えっ?サッカー部に入っても部員が多くてレギュラーになれないから?いやいやそんな事は構いやしないよ、バレーを好きになってさえくれれば・・あれれ?バレーボールでサッカーするの?何?バレー部練習のウォーミングアップ?うーん、ま、いいんじゃん。と、とにかく徐々にでもバレーを好きになってね!お願い」ってな感じです。一昔前のバレーボール全盛時代からすると何とも寂しい限りですが、その分仲間意識が強くなるっていうのは決して悪い事じゃないですよね。これがもっと少なくなって全世界で12人しかバレーする人がいなくなったら、「おおっ!同好の士よ!お互い力を合わせてバレーボールを次代に伝えような!」ってな感じになるのでしょうか?こうなるとみんな仲間なわけですから、AチームとBチームで試合してもみんなが楽しめるようなプレーをするでしょうから、勝った方が偉ぶったり負けた方がいじけたり、ましてやネットを挟んでいがみ合ったりワンタッチをごまかしてポイントを得たりなんて問題は起こりにくくなっていきますよね。だって12人のメンバーの誰かが「こんなゲームつまんなーい」なんて帰っちゃったりしたらバレーのゲームができなくなっちゃうわけですから。だから今ワールドカップだの日本代表だのと何かと盛り上がっている日本サッカー界ですが、競技人口が多いからといってわざとコケてPKもらったりしてるといつの間にか競技人口が減ってバレーと同じ道を辿ることになるかも知れませんから気を付けて下さいね。ってちょっとひがみっぽい?えっ?そんなことあり得ない?いやいや実際Jリーグ前の日本サッカーは閑古鳥が鳴いてたわけですからそれに戻ることがないとは言えません。どれだけ人口が多くなっても身近な仲間意識(たとえ相手チームでも)を忘れずに、終わったら笑って握手が出来るようなゲームをしてほしいものです。ほらよく言うじゃないですか、「遠くの親戚より近くの他人」って。えっ?全然意味が違う?じゃ「灯台もと暗し」?ちょっと違う?「勝者奢るべからず」か?いや「一円を笑う者は・・」誰も笑ってない?「木を見て森を見ざる・・」むしろ逆?「塵も積もれば・・」これも逆か。あぁっ!喩えが分かんないよー!誰かピッタリのことわざ教えて!

▼その99 蝉の亡骸に思う・・