スーパーで食料品を買い込んで冷蔵庫に入れ保存しておくんですが、卵や牛乳、納豆やヨーグルトなど、一般に生鮮食品と呼ばれる類の賞味期限は短く、気が付くと「あっ!期限過ぎてる!」って事、結構ありますよね?その時、食べられるかどうかの判断は皆さんどうしてます?えっ?期限切れだから当然ゴミ箱にポイッ?それとも1日2日くらいだったら食べる?んー、どちらも賞味期限に判断基準を依存してますよね。私は、「見た目、よし、ニオイ、よし、味、よし。よしっ!これはまだ大丈夫!」「ん?ちょっとおかしい・・危ないかも・・」と出来るだけ自分の五感を動員して食べられるかどうかを判断するようにしてます。 話は変わりますが、皆さんは朝起きるとき、目覚まし時計を使って起きてますか?当然?ま、社会人はもちろん、学生でも遅刻するわけにいかないですから目覚まし時計は普通使いますよね。かく言う私も早起きしなければならない時はいつも使っています。ただ私の場合、設定した目覚ましが鳴る時間のちょっと前にほとんど目が覚めてしまうので、実際に目覚ましベル音が鳴ることはあまりありません。(深酒したり夜更かししたりひどく疲れてるときはベル音で起きることになりますが・・)特に集団生活してるときや、朝に大事な予定があるときは緊張感があるせいか、目覚まし設定の30分くらい前に目が覚めて5分おきに時計とにらめっこしてます。ハイ。 これはどちらも、できるだけ自分の感覚に頼るというか、行動の判断基準を自分の外ではなく中に置いておきたいと私が考えているところで、文明により生活が色々と便利になったり、組織的集団生活をしてきたことによって、逆に人間から失われつつある(動物的)部分じゃないかと思うので、是非とも大事にしなくちゃいけないんじゃないかと思うわけです。だって昔の人はみんな賞味期限も目覚ましもなかったけどちゃんと生活出来てたわけですよね。現代人はそれらがないと安心して生活できないとすると、昔の人よりも生きていく上で弱いということになりませんか? 例えばスポーツでも、最初の頃は作戦とかセオリーとか、決まり事はそれほどなくて、結構一人一人の感覚で判断して自由にプレーを楽しんでたんだろうと思いますが、最近は組織的なプレーヤセオリー、そして役割分担がそれぞれ決められて、「こういう時はこう、君の役割はこれ!」なんてマニュアル化してプレーの幅が狭められてるような気がします。スポーツなんて現代において最も人間の身体を解放し身体感覚と向き合う最高の機会だと思うんですが、野球で監督から「バント!」なんて命令されてその通りプレーするだけだったら、会社の命令通り働く仕事とちっとも変わらないですよね。うちのバレー部の練習でも選手達はすぐ、「ここに落ちるフェイントは誰が取る?ここからそっちは誰?私のレシーブ位置はここ!・・」なんて役割分担&マニュアル化したがるんですが、守備位置の境界線は必ずあるし、その時その時で状況は常に変化するし、そもそもそのような変化状況からボールの来そうなコースや自分がすべきプレーを各プレイヤーがとっさに判断していくのがスポーツ本来の面白さじゃないかと思い、指導している次第です。だから例えばトレーニングにしても、「10回×3セット」と一応決めても、その時の体調と相談して「今日はもうちょっとやっとくか」「今日は軽めに」「ここをもう少し鍛えとくか」なんて具合に臨機応変にやってます。 だから私は目覚ましが鳴る直前に目が覚めたり、今このくらいの時間かな?と思って時計を見て当たってると嬉しいし、賞味期限切れ食品を自分が大丈夫と判断してお腹をこわさなかったりすると嬉しい。その感覚をできるだけ磨きたいので最近は「これはちょっと危ないかも・・」と思っても敢えて少し食べてみて、やっぱりお腹がグルグルってなったら「やっぱりあれはダメだったんだ」なんて、健康を害しない程度にトレーニングしてます。スポーツ上達を目指してる方は一度試してみてはいかがですか?もしかすると野生の感覚が鍛えられるかも知れませんよ。でもヘンなの食べて試合に出られなかったなんてならないように気を付けて下さいね。・・あれっ、発想辞典書いてたらもうこんな時間か!そろそろ寝なきゃ!・・って言ってる私も、まだまだ甘いなぁ!
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