今、お笑いベーシストのはなわが「ガッツ石松伝説」というネタを披露していますが、とっても面白いです。頭で計算されたお笑いネタとは異なる、予想を超えたボケが実に見事です。これはいわゆる“天然ボケ”という部類に入るものですが、本人はいたって真面目に言っているからこその面白さといえるでしょう。 先日、ある団体にソフトバレーボールの授業をしに行きました。彼らは実に一生懸命取り組んでくれたんですが、ほとんどの人が初めてだったので、スパイク空振りや顔面レシーブなど、真剣にプレーしようとするほど珍プレーが続出し、やっている人も見ている私も笑いの絶えない、とても楽しい時間を過ごせました。この珍プレーも計算して出来るものではなく、本人が真剣にやればこその、ギャップが面白いのでしょう。プロ野球の珍プレーも全て真剣勝負の中から生まれていますよね。珍プレー集の中には選手たちが考えた“おちゃらけ”もありますが、真剣珍プレーとは比べものにならないくらい“寒い”ものが多いですよね。 学校の先生や会社の偉い上司などが発するギャグも“寒い”ことが多いですが、初めから「この話のここでこのギャグを言おう!」と計画しているとハズすことが多いようです。それよりも咄嗟に思いついたギャグの方がやや打率は高く、さらに打率が高いのは真剣にしゃべってるのに“かんだ”とか、普通に歩いててコケた、など、真剣、かつアクシデントの割合が高いものではないでしょうか。 最近は「ボケ」「つっこみ」という、従来お笑い界の業界用語だったものが日常会話で普通に意識され、好きな男性のタイプで「面白い人、楽しい人」が「優しい人」を追い抜くくらいの時代なので、どうしたら人を笑わせられるかを、それこそ一生懸命考えてしまう人が増えてしまうのは仕方のない事かも知れません。ただ、そういう人はせめて、事前に一生懸命ネタを頭で考え準備をすればするほどそのギャグは色褪せてしまうという、やるせないお笑いの矛盾についてこそ理解しておくべきかも知れません。だってお笑いのプロですら笑える新ネタを継続して創り上げることが出来ず、お笑い番組は“ネタ物”から次第に“内輪ゲーム物”すなわちゲームによる突発的でアクシデンタルな笑いに頼ってしまっているんですから・・。(「笑う犬」シリーズがいい例です。)だからギャグを一生懸命考えちゃってるそこのおじさん!お笑いを考えるのはプロに任せて、無理せず素のまま真面目路線でいったほうが、結果的に笑いを生み出せるかも知れませんよ。(ま、「天然」って言われるかも知れませんが・・気にしない気にしないっ。ほら海産物だって、計画的に育てられた養殖ものより天然もののほうが美味しいし価値が高いじゃないですか。) |