先日のトビラ文でも紹介しましたが、小川家では最新式体脂肪計を購入しました。体重、体脂肪、筋肉量、内臓脂肪、体年齢まで測定できちゃうスグレモノです。それまでは自分の中で「太らない体質だから」と決めつけていて自分の体重や体脂肪の変化についてはあまり関心がなかったんですが、気軽にしかも正確に測定出来るので、本来はカミさんの体重管理のために購入したんですが、それ以上に自分の測定をするのが楽しくて、毎日の変化を記録して「あっマズイぞ、ちょっと太ってきたか?筋肉量もやや減ってる。そういや最近運動不足だからなぁ・・明日は部活で多めに動くか」なあんて毎日楽しく測ってます。で、そうなると今度は日々の生活でも体質改善を意識して、「歩くよりはちょっと走って移動するか」とか「筋トレもう1セットやっとくか、筋肉量減ってたからな」「ここは間食やめとこう、体脂肪率増やさないように」なんて調子で、帰ってからの測定で良い評価をもらうためについつい頑張っちゃうワケです。 たかが体脂肪計ごときに大の大人が何でこんなに一喜一憂させられているのだろう?とふと考えてしまったんですが、やっぱりどんな形であれ、自分が評価されるというのは嬉しく、また頑張れるものだなあと改めて思った次第です。しかも器械はまさに客観的評価。成果が出た分だけきちんと数字で教えてくれます。この評価があるからこそ、「この調子でさらに頑張ろう!」とか「これじゃダメか、もっと違うやり方考えないと」と次のステップに進めるということでしょう。 先日のボード検定でも、検定に向けて求められる滑りを練習していても、「これでよし!」とはっきり自分の滑りを自分で評価する事はなかなか出来ず、どうしても「こんなんでいいのかなぁ?ちゃんと出来てるのかなぁ?」と不安になったり、滑りのポイントが分からなくなって基本練習がついおろそかになり、結局、うまく出来た出来ないがはっきり自分で評価できるコブ斜面やジャンプ(うまく出来ない=転ぶ)ばっかり練習してしまうことになりがちです。ところが本番の検定では「うまく出来てる=合格点」と非常に分かりやすい評価が与えられるので「合格→やったー!」「不合格→ここがダメだったということか、よぅしまた頑張る!」と、やはりどちらにしてもまた次の正しい一歩を踏み出せるワケです。「正しい評価を与えてもらいながら正しい方向に向かって練習することが出来る」これが人に教わる最大のメリットなのではないでしょうか? 最近の学校教育では「自分で考える力を身につける」とか「自主性を伸ばす」という大義名分の元で、ともすれば放任に近い教育(これは教育とはいいませんが・・)が行われる可能性が多分にあるわけですが、それが教育になるか放任になるかの違いは、直接的にせよ間接的にせよ、最終的なゴールや進むべき方向へきちんと導いていけるかどうかということのような気がしますがどうでしょうか?そしてそのためには、途中途中で「それでいいよ」「もっとこうしてみたら」などというチェック、いわゆる評価が必要不可欠になってくるのでしょう。 そう考えると、日々練習に打ち込んでいるウチの部活の学生たちにも、「今のはいいぞ!」とか「まだここがダメだからもっと練習しないと」などと、学生達がさらに頑張れるように正当な評価を沢山与えてやるべきだなぁと、体脂肪計に乗るたびに反省するのでありました。・・ま、でも部活の学生達には「試合」という、まさに客観的かつ目標と一致する究極の体脂肪計(評価)があるからね。・・え?試合での評価じゃ遅いからコーチがいるんじゃないかって?全くもってその通り!心して頑張ります。(ペコリ) |