都会に住んだことのある人が「確かに都会は便利だけど、ゴミゴミしてるから俺は田舎がいいね」って言ったとしたら普通に受け取れますが、もしこれがずっと田舎に住み続けて一回も都会に行ったことすらない人が同じ事を言ったとしたら、「田舎から出たことないのに・・ホントは都会に出ていくのが怖いんじゃないの?」なあんてちょっと負け惜しみっぽく受け取られる可能性ってないですかね?つまり試したこともないのに比較出来るの?って思われてしまうことが結構あるような気がしますがどうですか? スポーツで言うと、大舞台で何度も優勝した経験がある人が「別にスポーツは結果的に勝つことだけが重要なワケではないですから・・」って言っても違和感ないですが、一度も勝ったことのない人が同じ事を言うと何か負け惜しみっぽく聞こえてしまいますよね?・・たとえ言った本人が本当に心からそう思っていたとしても・・。あ!思い出しました。これって確か心理学の教科書に出てくる「すっぱいぶどう」の話と一緒ですね。細かい所は忘れましたが、高いところに実がなっているぶどうを採ることが出来ないキツネが、「どうせあのぶどうは酸っぱいに決まってる。だからあんなぶどうなんて要らないもんねー!」と自分に言い聞かせる合理化とかいう心の動きの事だったと思います。 資格についても同じで、「こんな資格取ってもあんまり意味ないから」って言えるのは一度取ってみてからでないと負け惜しみになる。私は「スキーの準指導員の資格なんてお金ばっかり取られてあんまり意味ないよ」って堂々と言うためだけに頑張って資格を取ったようなところが実はあります。だって取らないと「取れないから負け惜しみ」って言われかねないですから。 山頂を目指して登っている人に、その山頂から降りてきた人が「この山の山頂は眺めも良くないし行っても仕方がないですよ」っていくら説明しても、それは登って確かめた人だから言えるのであって、まだ一回もその山頂を見たことの無い人にとってはやはり一回は自分の目で確かめてみたいって思いますよね。 前置きがすんごく長くなりましたが、私自身は幸運にもそこそこ強いチームでバレーをすることが出来たので、その経験を踏まえた上で「でも勝つことだけがスポーツの絶対的価値ではない」と素直に思うのですが、まだ山頂に登ったことがない選手は、やっぱり一度は山頂に行ってみたいと強く思っており、それを私が山頂から降りてきて、「山頂への道は険しいし、なかなか大変だよ。それよりもその途中の景色や散策をしておにぎり食べるのも実はすごく楽しいことなんだよ」って教えても、やっぱり一度は山頂に行ってみたいだろうし、それを最初から達成しようともしないで「確かに山頂だけが山登りじゃないからね」っては言えないだろうなと思います。だってそれじゃ負け惜しみになっちゃいますからね。何事も達成してみて初めて否定できるってことだと思います。だから特に若いうちは、がむしゃらでいいから何でもやってみて、色々なことを体験したうえで「あれは必要ないな」「あれはもういいや」「これってそうだったんだ」って取捨選択出来るようにしておくことが結構大切なんじゃないかと思うわけです。 ほら、よく若い頃遊んだ人ほど結婚してから落ち着いてマイホームパパになるって言うじゃないですか。ヤンキーなんてあれだけバカやって20歳くらいでヤンキーを卒業し、すごくいいオヤジになってるなんて話は結構聞きますよね?だからこそ山頂を一度も見ていない選手には是非一度、山頂からの素敵な景色を見せてやりたいなと思う今日この頃の私の心境です。・・あ、自分であれだけ「山頂だけが全てでない」って言っておきながら「素敵な景色」って言っちゃった・・・。やっぱり一度は自分で見て確かめてみるのが一番ですね。 |