その125 ■外からはよく見える・・?

 将棋や麻雀などのゲームでは、実際に自分が対戦している時よりも、周りから野次馬的に見ている時の方がいい手を見つけられたりしますよね。当事者が違う手を打ったのを見て「あっ、そっちじゃなくてこっちだろう」なんて、やってる方からするとうっとうしいんですが、確かによく見えたりします。バレーの試合でも、観客席から客観的に見ていると「あ、そこでタイム取らないと!」なんて思うんですが、実際に采配ふるってる監督さんは取らないで我慢しちゃったりして、そしてさらに相手の勢いが増してしまいタイム取るんですが、見ている方はしたり顔で「ほぅら、さっきタイム取っとけば良かったのに」なんて思うわけです。

 でも自分が実際にベンチに座ってみると、「セオリーはここでタイムだけど、もしここでタイム取っても相手の勢いを止められなかったら・・」とか、「なんか次でポイント出来そうだな」とか、「この後のメンバーチェンジはどうする?」などなど、この先のいろんな展開を全て予想しながら頭をフル回転させているわけです。ある程度レベルが高いチームになればそりゃあある程度計算できるので予測も出来、セオリーどおりでいけるのかも知れませんが、次にどんなプレーをしてくれるのか不確定要素だらけのチームでは先を読むにも限界があります。つまり当事者は考える事が沢山あって大変だってことです。羽生さんだって相手の手がある程度予測できるからこそ何十手先まで読めるのであって、素人相手だったら逆にそんなに沢山先を読めないと思いますよ。(ま、読む必要もないんでしょうが・・)

 それに対して外野は、ゲームの次の一手に対する責任もなければ他の状況を考える必要もないので、なぁんとなく眺めていながら「ま、この辺でタイムかな」なんて余裕を持ってお気楽に判断できるわけです。そしてそれが当たったときは「ほら!思ったとおり」となるし、当たらなかったときはすぐに忘れちゃうので記憶に残らないんだと思います多分。これは「テレビ中継から目を離した瞬間にサッカーのゴールが決まる」という例に代表される、一種のマーフィーの法則ってヤツです。

 要するに、当事者は全体の責任を背負い、いろんな事を考えるのに沢山頭を使っているから一つの事をじっくり客観的に考える余裕がないということ。それに対して外野は自分が関心を持ったところだけじっくり自由に考えられるから良い判断が出来る、ということなんじゃないでしょうか?ほら、プロ野球ファンの中にも「ここはピッチャー交代だろ!」「俺だったらここで代打出すね」「ダメだな堀内じゃ、采配下手くそで!」なんてにわか監督やにわか評論家が沢山いるじゃないですか。(いやむしろそれがプロ野球の楽しみというファンが結構多いのかも知れません。)だけどそこのにわか監督のオヤジさん、じゃああなたが実際にジャイアンツの監督やれって言われたら大変ですよ。あれだけの年俸ある大選手を抱えてチーム内がぎくしゃくしないようにスタメンを組み、シーズン全体を見据えながら優勝して当たり前のチームに采配をふるうわけですから・・。出来ます?実際?頭がいくつあっても足りないくらい考えることありますよね?

 だから皆さん、外からあれこれ言うのは簡単ですが、ちょっとは当事者の心境になって寛大な心で応援するなりして下さいね。あ、そこのろくすっぽ仕事もしてない上司の方!部下が一生懸命作ってきた書類をしげしげ眺めて、「あれっ?この行、上の行とちょっとずれてない?」なんて重箱の隅をつつくような指摘をする前に「よぉっ!いいじゃん、頑張ったねぇ!」って褒めることを忘れないで下さいね。・・ん?なんか天に向かって唾を吐いちゃったような・・?学生に指摘されないように、自戒の念を込めて書かせていただきました。お互い気を付けましょうね。・・お互いって、誰?

▼その126 不具合の証明・・