4×4=16マスの正方形の枠の中で、それぞれ1から15までの数字(あるいは一枚の絵)が書いてある小さな正方形のパーツを、ひとマスずつ移動させて番号順に並べ替える(絵を完成させる)パズルって知りませんか?小さい頃やったことありますよね?先日、インターネット上にそのパズルがあり、久しぶりにやってみたんですが、昔の攻略パターンを忘れているので結構難しかったです。 あの種のパズル(ルービックキューブも同じ類ですね)って何が難しいかというと、最初の方は簡単に並べ替えられるんですが、最後の方になると、今まで並べ替えて出来上がっている部分を一旦壊さないと全体の完成にたどり着かないっていうところだと思います。「せっかくきれいに並べたのに、壊すのはもったいない」っていう意識がどうしても働きますよね?私はルービックキューブで6面のうち3面がきれいに揃った時、その3面を壊すのが怖くて、とりあえず棚の上に置き、「こっち側から見たらきれいに揃って見えるから、これでいいか」なんてしばらくそのまま置いといたくらいです。つまり、自分で作り上げたものを(さらに上を目指すために)自分で壊すってことには結構大きなストレスがかかり、それをやり遂げるためには強い意志と覚悟が必要になるってことなんじゃないでしょうか? 文章を書くときも一緒で、自分で書いた文を途中で読み返すと時々、何かうまくつながっていないので修正しないといけないのは分かっているんですが、せっかく自分が考えて書いた数行をバッサリと切り捨てるのは忍びなくて、その文を何とか生かせないかと考えてしまうことがあります。でもそうやって文章を何とか書き上げ、あらためて全体を読み返してみると、結局その数行は必要なかった、なんてことになるわけです。でもこの判断が自分ではなかなか出来ないんですよねぇこれが。 で、この打開策は何かというと答えは簡単!他の人に壊してもらえばいいんです。文章のチェックなどは、「ちょっと読んでみて」とお願いすると極めて客観的な立場から「この数行は必要ないんじゃない?」「この文の意味が分からない」「いっそこの段落全部削っちゃったら?」なんて実にバッサリと文章(と私の思い入れ)を切り刻んでくれます。そりゃそうですよね、文章書き上げた人の思い入れや苦労なんて他人には知りようも無いわけですから・・。そしてそれらの思い入れは文章自体の完成度とも関係ないので、そうしてバッサリやってもらったほうが絶対良いものが出来上がるはずです。早く壊した方がパズルの完成に近づくのと同じですね。 スポーツも全く一緒で、より上を目指すためには、自分が今まで培ってきた技術やプレースタイルを一旦壊してより高い技術を身につけなければならない場合があります、というより、スポーツの技能向上とはそのスクラップ&ビルドの繰り返しである、とも言えます。しかしその壊し作業を自分で行うことは、一旦自分のパフォーマンスが低下するということを覚悟しなければならないため、かなりの勇気と決意が必要です。そこで他人、つまりコーチからの客観的な判断や指導が必要になるわけです。「こう直した方がこの先必ず向上する!」と確信を持って働きかけ、新しい技術獲得へ導いていくコーチの存在は、常にスクラップ&ビルドを迫られるスポーツの世界においてとても大きなものなのではないでしょうか。 実はこの発想事典も途中まで書いているうちに論点がずれてきてまとまらず、結局は書き直していることも多いんですが、その時は「やっぱり書き直すか」、と決断するまでにかなりの時間を費やしています。何故ならこの文章自体が私の思い入れですから。(え?さらさらっと書いてると思った?実は結構エネルギー使ってるんです。だから時間と心に余裕がないとなかなか更新出来ません。月一ペースなのもそのためです、あしからず。)誰か私の発想事典のコーチしてくれる人いないかなぁ?あ、でもそれじゃ私の発想にならないか・・いやそれ以上に私の発想自体をバッサリやられたら落ち込んでしまいそうなのでやっぱり自分で頑張ります。(でも最近はうちのカミさんに「長すぎるよ!もっと簡潔に!」「今回は中の上ってトコね」などとバッサリやられてます。) |