その138 ■鼻穴に入らずんば鼻クソを得ず・・

 「鼻穴(あるいは鼻クソ)をほじる」という行為はやる側にとって恥ずかしく、見る側にとっても「汚いなぁ」と、何かとても疎ましい行為として捉えられていますが、考えてみるとこれはいわゆる鼻穴掃除、鼻穴をクリーンにしている行為ですよね?むしろ鼻穴をほじらないで鼻クソだらけ(表現汚い?)にしてほったらかしている方がよっぽど汚い。トイレ掃除と同じで、汚いトイレをきれいにするためには汚いトイレに自ら向かい、汚い部分を取り除く行為を行う、そしてそのために自ら手を汚す覚悟が必要ですよね。「ドブさらい」なんかまさにそうです。故事成語で言うと「虎穴に入らずんば虎児を得ず」ってとこですかね。

 人間、弱いもので、あの辺ちょっと汚れてる(散らかってる)なぁ、って気付いたとしても、すぐに片づけたり掃除したりがなかなか出来なくて、ついつい見て見ぬ振りをしてしまいがちです。「そんなに汚いわけではない」とか「今忙しいから」とか「いつかまとめて」など、何かと「ま、今はいいや・・」と流してしまい、結局手つかずのまま、ほったらかしになる・・。

 スポーツ指導でも学習指導でも、教えてすぐに出来る(分かる)人となかなか出来ない人(あるいはうまく出来る部分と出来ない部分)がいる(ある)わけで、最初のうちは出来ない人に(あるいは出来ないところを)丁寧に教えたりして関わっていても、それでもなかなか出来なかったりすると、「ま、そのうち出来るだろう」とか「大体出来たから、ま、いっか」と出来ない部分から目を背けがちになります。ホントはそれじゃいけないんですが、8割出来ているとすると、出来ない残りの2割を出来るようにするのは結構難しく、またエネルギーを使う事なので大変なんですねきっと。(残りの2割を完成させるのに全体の8割の時間を使いそうです。そう考えるとパレートの法則にあてはまりますね。いわゆる2:8の法則です。決して蕎麦の話しじゃないですよ念のため)。だからチームスポーツの練習場面なんかで「全員が出来るまで」というノルマを課すことがありますが、これはやる側にとっても、やらせる側にとってもかなりしんどい課題になります。(学校のクラスマッチなどでよく行われる「長縄(みんなでジャンプする種目)」が苦手な人にとってつらいのは、全員が跳べないと記録にならない、つまり苦手な自分が跳べないとみんなの記録が伸びないってところだと思います。ある意味かなり残酷な種目ですよね、失敗すると一斉にみんなの目が向けられるし・・。)

 ちょっと話が逸れましたので戻しますが、結局、汚いところをきれいにするには自分が汚くなる覚悟で汚い部分に臨まなければならないし、何かを改善するためにはうまくいってないところまで入り込んで多くのエネルギーを注ぎ、解決していかなければならない、ということなんですよね。自分が手を汚さずに、楽をしてすんなり解決、なんてことは実際にはあまりない、きれいごとのような気がします。そう言う意味では冒頭の、「鼻クソをほじる」行為はまさに、自らの指を汚す覚悟で鼻穴に入れ、鼻クソを取り出して呼吸気道をクリーンにするワケですから、「自ら進んでトイレ掃除をする行為」に匹敵する、実はとっても美しい行為と言えるのではないでしょうかっ!・・以上、鼻ほじり行為イメージ向上委員会からの提案でした。え?そういう問題じゃなくて人前でほじるのが汚いってことを言ってるって?それはごもっともです。・・それにしても、「鼻クソ」って言葉、もっと何か別の言い方ないんでしょうかね?「目クソ」は「目やに」、「耳クソ」は「耳あか」って言葉があるんですから、「鼻クソ」じゃなくて、「鼻ゴミ」あるいは「鼻カス」あたりでどう?あ、「鼻粘土」は?・・え?かえってイメージが具体的になりすぎて良くない?・・ですよね。・・でも「鼻クソをほじる」はあまりにも表現が汚すぎる・・。これからは「鼻掃除」または「鼻カス取り」あるいは「鼻気道改善」いや、いっそのこと「ノーズダストリダクション」と英語で言ってみるようにしたらどうでしょう?

その139 人間と実績のピラミッド・・