パソコンやビデオカメラ、携帯電話などのバッテリーは、あまり減っていないうちにフル充電を繰り返していると、元々の容量一杯を使えなくなり、次第に使える容量が少なくなってしまうと言われています。(最近は大丈夫と言われているバッテリーもありますが、本当でしょうか?)確かにうちの研究室のノートパソコンは、ほんの30分ほどで「バッテリーの残量が少なくなっています」と空腹をアピールしてきます。ネット情報によると、そのようなパソコンのバッテリーを少しでも有効に使うためには、AC電源で作業するときにはバッテリーを外して使うくらいしないと勝手に充電を繰り返してしまうのでダメなんだそうです。かなり面倒ですが、今のところ仕方ないようですね。だから私は、今使っている携帯電話は、電池マークが1/3個表示になるまでは充電しないように心がけてます。そのためか分かりませんが今のところ、結構長持ちしてます。でも携帯電話って、電池切れで繋がらなくなるのが心配なので、しばらく充電出来ないところに行くときなんかは「一応充電しといた方がいいかな?いや、まだ間に合う!」なんてちっちゃいことで葛藤してます。 で、人間も同じじゃないでしょうかという話です。例えば食事。中途半端に間食したりすると食事が美味しくないしあまり食べられない。そうすると今度は食事の後ちょっと時間が経つとまたすぐ中途半端にお腹が空いて、何かお菓子などをつまみたくなったりするようです。要するに胃袋の容量を充分に使い切れてない状態が続くわけですよね。逆に胃袋を鍛えるには、思いっきり空腹にしてから、腹一杯食べる。医学的には「腹八分目」とか言われますが、私はちょっと違うと勝手に思っています。昔学生の頃の友人は、「もう食べられない、って思うところが実はまだ半分」という独自の説を唱えながら食べ放題に果敢に臨んでました。自分の心理的限界を超える素晴らしい発想だと思います。(そうまでして自分を追い込んで食べる必要があるのか?という疑問は敢えてここでは触れません)。 でもこの一見クレイジーな友人の発想は、運動場面でも有効です。きつい練習をした時に、「疲れてもう動けない」と思うと実際にも動けなくなりますが、さらに追い込まれて動かざるを得ない状況を経験すると、「あのくらいでもう動けないと思ってたけど、まだ動けるものだな」ということが分かってきて、そうすると以前の限界は限界でなくなります。その結果、自分の限界値がさらに高いところに設定されるので、以前は動けなくなってた強度の運動に対してちょっと余裕が出てきたりします。だから試合でそんなにキツイ状況がないスポーツ種目(例えばバレーボールは「軽スポーツ」の部類に入っています)であっても、限界近くまで追い込む練習を取り入れているのだと思います。自分のバッテリー容量を最大限まで広げておけば、その範囲内で余裕を持ってプレー出来るということですね。 私のクルマのレーダー探知機はソーラー電池付きで、当初はよく「バッテリーが少なくなりました。電源プラグを入れて下さい」と訴えてきたのですが、なるべくソーラー電池で頑張るようにプラグを抜いて鍛えていたら最近はソーラー電池だけで文句も言わず頑張っています。ウチのガス給湯器もここ数日、電池交換のサインであるランプが点滅してますが、まだランプを点滅させるエネルギーがあるうちは交換しないで頑張らせるつもりです。要するに、何事も「もう出来ない!はまだ半分」と思って、限界幅を広げて有効活用していきましょうという、自戒の念も込めた提案でした。・・「いやぁ仕事が忙しくてさぁ・・」と言い訳するサラリーマンの皆さん、実はまだ限界の半分くらいしか容量を使い切れて無いのかも知れませんよ。いや、使い切れてないのは「容量」じゃなくてむしろ「要領」だったりして・・。 |