サッカーやバスケットボールで、ボールをどっちが出したか微妙な場合に、よく両者が「マイボール!」と言って手を挙げ、審判にアピールする場面がありますが、あれってちょっとどうかと思うんですけど、どう思いますか?だって彼ら自身はほとんどの場合、最後にどっちが触って出したか、つまり本当はどっちのボールかはお互い分かってるのに、その状況でどちらかがウソをついてるワケですよね?審判にはよく分からないかも知れないけど、競り合った相手には「あ、ウソついた!」ってバレバレですよね?恥ずかしくないんでしょうか?それよりも「審判が間違ってマイボールになればラッキー!」くらいにしか思ってないということなんでしょうか?「そんなウソついてまで有利に試合を進めたいんだ、ちっちゃいなぁ」と思われることに違和感はないのかなぁ?ま、どっちも同じ価値観であるなら、何も問題にならないということなんでしょうね。でもそれはちょっと寂しい・・。 そこで提案です。競り合ってボールを出した時に、自分が最後に触ってたら、相手を指さして「ユアボール!」って言うのはどうでしょう?おそらく相手は最初はビックリするでしょうが、そのフェアプレイ精神に心を打たれ、次第に相手も「ユアボール」って言ってくれるようになると思いますよ多分。審判も助かるし、観客も清々しい気持ちで拍手を送ってくれることでしょう。もし日本代表がこの「ユアボール運動」を実践してくれたら、勝利はほんのちょっと遠のくかも知れませんが、フェアプレイ賞は間違いなく取れるでしょう。そしてその「ユアボール」ムーブメントが次第に日本国内の少年サッカーに浸透し、ひいては全世界のサッカーに浸透すれば、サッカーというスポーツは見てもやってもすごく気持ちのいい文化になるような気がしますがいかがでしょう?是非、福島大学サッカー部あたりからこの運動を広めて欲しいと、学生には話してます。 でもサッカーの本場ブラジルには、ずる賢いプレーを良しとする「マリーシア」なんて言葉があるくらいですから、きっと「サッカーはそんなクリーンな考えでやっても面白くない。サッカーとはもっと泥臭い勝負なのだ」と主張する関係者が沢山出てきて、結局は広まっていかないのかなぁ?とも思っています。・・ただ、試合終了が近づくと、ぶつかってもいないのにケガしたフリして痛がって時間稼ぎをしたりする外国の選手を見たりすると、ある意味、どういう手段を使っても勝ちたいという意味で人間的だなぁとも思いますが、人間の大きさとしては小っちゃいんじゃないかなぁと思うわけで、サッカー文化はそんなサッカーを目指していていいの?と、比較的クリーンなバレー関係者としては思います。どう? |